第165話 帰りたい(3)帰還

 数軒ずつ同じ造りの家が並んだうちの一件が、柿崎家だった。玄関前のガレージの隅に犬小屋があり、毛布が敷かれているのが見えた。一足先に帰った柿崎さんとジョセフィーヌは家の中らしい。流石にこの寒さなので、犬も家に入れたのか。

 ドアチャイムを押す。

 ややあってドアが開き、散歩していた男が顔を見せた。

「こんにちは。あの、子犬が生まれたと聞いたんですけど」

 直がにこにことして言うと、男は、

「ああ、子犬の引き取り希望かな。どうぞ」

と、ドアを大きく開けた。

「失礼しまあす」

「失礼します」

 玄関に入ると、タイルの上に毛布を置いてヒートマットを乗せ、その上に、ジョセフィーヌが座っていた。そしてすぐ傍に、片手を握ったくらいの小さい生き物が3匹いる。

「子犬!予想以上に小さいなあ。うわあ」

 ぬいぐるみのような体で、ちょこちょこ、ころころと動いて、かわいいものだ。

「かわいいだろう。生まれたばかりで、まだ見えないし聞こえないんだよ」

 柿崎さんはしゃがみ込んで、子犬をちょんちょんとつついた。その指に子犬がじゃれつき、転ぶ。

「か、かわいい……!」

 いかん。ついうっかり、直と2人、目的を忘れるところだった。

「生まれたのは4匹と聞いたんですが」

「……3匹だよ」

 子犬用に用意してあるらしき首輪は4つある。もう少し大きくなったらするんだろうが、1つ余るな。

 首輪を見つけた事に気付いたらしい柿崎さんは、一度咳払いをしてから、

「飼うんなら、保護者の人と一緒にもう一度来てくれるかな」

と、僕達を追い出した。

「どう思う?」

「かわいかったねえ。

 いや、うん。間違いなく4匹いたのは事実だよ。人にあげたのなら首輪も渡すだろうけどねえ」

「死んだのかな」

「生まれたては体温の低下に気を付けないといけないんだ。一昨日の夜からの急な寒波で、それもあるねえ」

「雪だるまに子犬の霊が入ってしまって、母犬の所に帰ろうとしている?」

 だったら、どうしてやればいいんだろう。ここを目指しているんなら、解ける前にたどり着くのは難しいか。

 いや、雪だるまに入ったのが、死んだ子犬とは限らない。

 聞いてみたくとも、犬と話はできないし。

 これは困った。いつにもまして、面倒臭い。

 僕と直は悩み、何となく雪だるまの所に行った。


 近付くと、雪だるまからの思念のようなものが強まる。

「あ。ジョセフィーヌの匂いかな」

「母犬と勘違いしているのかもねえ」

「もし子犬なら、会わせてやりたいなあ。それで成仏できそうだし」

「……会わせてやる?」

「ん?」

 僕達は、決行を決意した。

 直がどこかから上手く借りて来たソリに雪だるまを乗せ、人に会わない事を期待しながら、えっちらおっちらと運ぶ。

 まあ、雪だるまが自力で動いているのを目撃されるよりはマシだろうが、これはこれで、不審者と思われるか、悪戯とされるか。目撃は、されたくない。

 どうにかこうにか、柿崎さんの家の前に下ろす。

「これで関係なかったらどうしよう」

「雪の日のおちゃめな物語って事で」

 コソコソと言い合って、とにかくそこを離れた。

 すぐに変化はあった。犬のくうーん、くうーん、という鳴き声がし、やがて柿崎家のドアが開いて出て来た柿崎さんは、

「何だよ、ジョセフィーヌ。散歩なら行っただろ」

と言うが、その脇をすり抜けて飛び出したジョセフィーヌは、雪だるまの匂いを嗅ぐようにしながらくうーん、くうーん、と鳴いて尻尾を振る。

 そして、柿崎さんは、腰を抜かした。

「な、何で雪だるまがここにあるんだ?」

 すみません。僕達が運んだからです。

「ちゃんと公園の入り口に、雪で丸めて、捨てて来たのに」

 何だと?直のソリを持つ手に、力が入った。直、それは借り物だ。壊すなよ。

 その時、ここまでの振動が悪かったのか、それとも他の要因か、雪だるまがガサッと崩れた。

 それに鼻先を突っ込むようにしてジョセフィーヌが鳴いて、柿崎さんは悲鳴を上げる。中から、先ほど見たのと同じような色と大きさの何かが出て来た。子犬の遺体である。

 そして霊体の子犬がそこから離れると、実体化し、ジョセフィーヌにくっついて、お腹の下に潜り込もうする。ジョセフィーヌはそんな我が子を舐め、温めようと、囲い込む。

 柿崎さんは声も出せず、それを見つめていた。

「良かった。あの子犬だったんだな」

 そして、良かった。見当違いで無くて。

「何なの一体」

 出て来た母親らしき人に、柿崎さんが呆然としたまま言う。

「死んでた子犬の死体を、雪で丸めて公園の入り口に置いて来たんだ。でも、子供が雪だるまにして、それで、子犬がここまで帰って来たんだ」

「ええ!?死体をそんな所に捨てて来たの!?あんたって子は……。

 この子も、お母さんの所に帰りたかったんだよ。執念だねえ」

「え。それでいいの?怪奇現象だよ?犬の霊だよ?」

「霊がいるのはおととしの秋に嫌って程わかっただろうに。何を今更。頭の固い子だねえ。

 それより恨まれたくなかったら、その子をちゃんと処理してやんなさい。全く」

 母は強し。彼女は家に引っ込み、柿崎さんは恐る恐る、子犬の遺体に手を伸ばした。

「これで大丈夫だな」

「そうだねえ」

 ホッとして、直は肩の力を抜いて笑った。

 立ち上がって歩きかけた時、ジョセフィーヌと霊体の子犬がこっちを見て小さく「ワン!」と鳴いたので、それに軽く手を振って、歩き出す。

「ああ、寒い寒い」

「ソリを返したら、熱いココアでも飲むか。アップルパイも作ったぞ」

「いいねえ。賛成」

 僕達はどこかほかほかとしたものを感じながら、雪の道を引き返して行った。





 

 

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