第161話 チョコレート狂死曲(2)アレルギー

 留置場を、そうっと覗く。

「ああ、いるいる。何か意識高い系みたいな人」

「あ、それ多分被害者です。そんな感じだったなあ。

 朝はスムージーとアサイー入りのヨーグルト、昼はおしゃれなデリで、夜は必ずヨガをしてから寝て、それらをSNSかなんかに自撮り写真付きでアップしてる感じのやつだよね」

 吉井さん、被害者に恨みでもあるのか?

 それは置いといて、その意識高い系幽霊に近付いてみる。

「こんな筈じゃなかった。クソッ、失敗した」

 とブツブツ言いながら被疑者の女の後ろをウロウロと歩き、

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

と、被疑者の女は頭を抱えて繰り返している。

「こんばんは」

 被疑者の女は声に気付かないのか、その余裕もないのか。意識高い系幽霊も、自分の世界に入っている。

 僕は振り返り、それを伝えた。

「どういう状況なんですか、一体」

 空いている取調室に入って、事件の事を聞いてみた。

「被害者は堂島輝幸、デザイン会社の社長です。被疑者は妻の美沙子、愛人がいて、そっちと一緒になりたがってます。そして愛人は下柳 祥、堂島の部下です」

 デザイン会社社長!裏切らないなあ。

「今日の朝、友達との旅行という事で愛人と旅行に行っていた美沙子が家に戻り、倒れている輝幸を発見。救急車を呼んだものの、既に死後数時間が経っていました。死因はナッツアレルギーによるアナフィラキシーショック。美沙子が準備して行った手作りチョコからピーナツオイルが検出され、胃からもチョコとピーナツオイルの成分が検出されました。輝幸のアレルギーは、会社、友人、SNSのフォロワー、もう有名だったようで、ウッカリはありません。

 旅行土産のマドレーヌは、アーモンドプードルが入っていますが、自分用だと言い張っています」

「戸締りや、来客は」

「完全な密室状態で、来客もなかったようです。

 SNSに、『妻からの手作りチョコ。明日は出張なので、今日は1日早いバレンタインデー』と写真付きでありまして、どうやらその直後に、それを口にして亡くなったようです」

 普通に考えたら、誰でも美沙子が毒殺したと思うだろう。まさか輝幸本人が、自分でピーナツオイルをチョコに仕込むとは思えない。

 でも、美沙子が言っていた「まだやってない」、輝幸の「こんな筈じゃなかった。失敗した」というのは、何だろう。

「変ですよ、これ」

「もう少し調べた方がいいですね」

「やっぱりそう思います?」

 こうなったら、俄然、気になって来た。


 下柳 祥は、スタイリッシュだった。例の催事場に連れて行ったら、女幽霊は目の色を変え、男幽霊はののしる事間違いなしのタイプだ。想像したら、憂鬱になって来た。

「確かに、美沙子さんとは親しくさせていただいていましたよ。大人の関係ですよ」

「大人……金、という事ですか」

「割り切って、お互いに楽しく時間を共有する、という事ですよ」

 黙って聞きながら、呆然としてしまう。

「美沙子さんとは単なる遊びで、本気ではない」

 下柳は鼻で笑った。

「勿論。社長を怒らせてまで一緒になりたい女性でもないし、社長を殺してまで一緒になりたい女性でもない。

 ああ。私はチョコレートなんて作れないし、大体、家に調理器具も調理用品もありませんよ」

 それ以上何も言えず、下柳の家を辞した。

 

 車に乗って、はあ、と嘆息する。

「何か、面倒臭い人ばっかりだなあ。意識高い系も面倒臭いけど、スタイリッシュも面倒臭い」

「何かもう、疲れる」

 吉井さんはウンザリとしたようにグッタリと脱力した。

 兄はシートにもたれながら、考えている。

「最悪、事故で片が付くかもな」

「あやまってピーナツオイルがチョコレートに付着した、と?まあ、そうですかねえ」

「チョコレートにオイル?変」

「そこはまあ、洗うのが雑だったとか、そういう事になる……かな?」

 3人で考え込んでいると、吉井さんの電話が鳴った。

「はい、吉井です。は?え!?すぐ、病院に向かいます!」

 吉井さんが、慌てたように返事をした。

「どうしたんです」

「被疑者が、心筋梗塞で警察病院に搬送されました」

「被害者の、亡くなった堂島さんの仕業かも。すぐに行きましょう」

 僕達は、病院に急いだ。




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