第160話 チョコレート狂死曲(1)特設会場で涙する幽霊
昼間は買い物客でごった返しているのに、閉店後となると、何とも不気味な空間になる。特にバレンタイン直前の今は、昼間のこのデパート催事場は、戦場である。
そこで僕と直は、仕事に励んでいた。
「わかるよ、その気持ちは」
「何であいつらばっかりって、思うよねえ」
うんうんと、直も相槌を打つ。
町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。一年の夏以降直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。
「そうだろう、わかるだろう」
「クソッ、リア充めっ!」
「フリーのいい男はいないの!?余ってるのは、趣味じゃないのばっかりなのよ!」
わめくのは幽霊達。今のここも、ある意味、戦場だった。
「だけど、このままここにいて、チョコレート買うお客さんに嫌がらせしても、仕方ないでしょう」
「誰かチョコくれたら、もう死んでもいい!」
「いや、死んでるからね」
「何であんな女に彼氏がいて、私にいないのよおお!」
魂の叫びが、夜の催事場に響き渡った。
「次の人生にチャンスを賭けてみたらどうかな。少なくとも今のままじゃ、彼氏はできないよ」
僕が言うと、女子高生らしき幽霊は考え込み、
「そうねえ。確かに今のままだと、間違いなく彼氏の出来る確率はゼロね。
わかった。成仏して、リベンジにかけるわ」
と、成仏に同意した。
それを見ていた他の幽霊達も、各々、考える。
「確かに、一理ある」
「次は凄いイケメンかも知れないしな、目が合っても舌打ちされないような」
「俺は、できる男になりたい。あいつみたいに」
「俺、今度は女になってみたい。それで、貢いでもらいたい、死ぬまでの俺がやってたみたいに」
「クッ。幸せになろうな、お互いに」
幽霊達は互いの半生を察して涙し、固い握手で互いの次の人生の幸せを祈って、成仏していった。
僕と直は彼らを送ってホッと息をつく。彼らが次の人生で、イケメンになるのか女になるのか、そんなものは知らない。管轄違いというものだ。
「毎年この時期は、ああいう人が出るんだよな……」
「恒例行事だねえ……」
「ああ。今年もバレンタインが来たな」
「なんかそういう実感は、嫌だねえ」
精神がいつも以上に疲れるのを感じながら、離れた所で見ていた売り場主任に浄化が終わった事を報告して、帰途についた。
手羽と大根の煮物、もやしとほうれん草のお浸し、しめじの佃煮、かにめし、豆腐と揚げとネギの味噌汁。テーブルに並べて、いざ、という時、インターフォンが来客を告げた。
「誰だろう?」
玄関に出てみると、泣きそうな顔で、吉井さんが立っていた。
「御崎さん、もう帰っていますか」
吉井さんは、兄がこの裏にある警察署に配属になっていた時の相棒だ。
「どうしたんですか。まあ、どうぞ」
「お邪魔します」
吉井さんは素直に上がって来た。
「吉井さん。どうしたんですか」
兄が、何かあったのかと腰を浮かせる。
御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意、クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の、頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。秋からは、警備部企画課に異動になった。
「御崎さん」
続けようとした吉井さんのお腹がグーッと鳴った。
「ええっと、吉井さんも、メシ、どうですか」
「いいの?悪いね、でも、ありがとう。ごちそうになります」
泣きそうだった吉井さんは、嬉しそうな顔をして、テーブルに着いた。
改めて、3人でいただきますをして箸をとる。
「ん!まああい!飲みたくなりますねえ。いいですねえ、御崎さんは」
「おかわりありますよ」
「お願いします!」
ニコニコと美味しそうに食べる吉井さんは、童顔なのもあって、よっぽど高校生みたいだ。兄もつられるのか、2人で美味しそうに、しっかりと食べた。いやあ、気持ちいい食べっぷりだ。
食後、空腹が落ち着いたら目的を思い出したらしい。
「殺人の被疑者が、どう見ても犯人なのにまだやってないって言ってて、ノイローゼになって自殺しそうなんです」
「まだ?」
僕と兄は顔を見合わせた。
「助けて下さいよお。幽霊が後ろに立って怒ってるっていうんです」
「係長は何て」
「陰陽課に回さなくても、このくらい落とせって。でも、自殺させたら僕らのせいだって」
陰陽課に回したら、手柄にならないしなあ。でも、自殺されたら大失点だ。
「御崎さあん」
捨てられる寸前の子犬のような目で見て来る。
兄は、観念したように軽く溜め息をついた。
「わかりました。とりあえずは、見てみましょう。いいよな、怜」
「うん。いいよ」
そこで僕達は、デザートのチョコレートプリンを食べてから、裏の警察署に行ったのだった。
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