第156話 うらむ(1)廃神社

 大晦日。散々温かい、温かいと誰もが言っていたが、やはり冬らしい寒さが日本列島を覆った。

 あまり人の来ないその山中の神社も、寂れ果て、誰も訪れなくなって何年も経つのが丸わかりな佇まいが醸し出す不気味な雰囲気も手伝って、いよいよ、背筋が寒くなる。

 雨風に晒されて、傷だらけの木製の鳥居には『真疱神社』という額がかかっているが、はっきりとは読めず、消えた線を脳内で補完してようやく解読できたという有り様だ。そして奥の社も、障子は破れ、全体に表面がささくれ立ち、戸は外れ、床板も所々抜けている。そして鳥居から社までの参道も、石が割れ、コケに覆われており、手水舎も、泥とコケと澱んだ水で汚れ切っていた。

 とても、神様のいる所には見えない。

「気持ち悪いなあ」

「何か出そう」

 偶然通りかかった大学生のグループは、ついでだからと立ち寄ってみたものの、あまりの惨状に、気味悪さしか感じなかった。悪寒すらする。

「何か、怖。お参りしとく?」

「そうだな。祟られそうだし、拝んどこう」

 壊れかけの……いや、壊れて穴の開いている賽銭箱に5円玉を投げ入れ、手を叩き、祈る。どうか俺を祟らないで下さい、と。

 そして、逃げるようにそそくさと神社を後にする。

「さあ、明日は初詣。神社のハシゴしようぜ。いっぱいご利益もらえるように」

「今年は就活しないとなあ」

 明るく話しながら、その薄気味悪い所から少しでも早く離れるようにと、急いで。


 大掃除は12月に入ってから計画的に少しずつ進めていたが、お節料理だけは31日に集中し、忙しかった昨日だが、今日はのんびりと過ごしている。

 お参りは、近所の神社で済ませた。こじんまりとしていて、屋台も出ないが、あの凄い人混みもない。ここで十分だ。師匠との特訓とかで何かとお世話になった、土地神様だ。

「うわ、初詣の人だって」

 撮り溜めていたテレビ番組を見ようとテレビをつけたら、有名神社の初詣の様子が映し出され、その凄い人混みに、改めて、近くの神社でいいと思った。

 御崎みさき れん、高校2年生。去年の春に、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、夏には神殺し、秋には神喰い、冬には神生みという新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「相変わらず、凄い人だなあ。警備は大変だな」

 兄は、時々映る警官に気の毒そうな目を送った。

 御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意、クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の、頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。この秋から警備部企画課に異動になった。

「スリとかも張り切ってるんだろうなあ」

「それは張り切って欲しくないんだがなあ」

 苦笑する兄と、勤務に付く警官に心の中でエールを送っていると、画面はスタジオに変わり、アナウンサーが、

『今入って来た情報によりますと、各神社で急病人が相次ぎ、インフルエンザ流行の可能性もあるとして、厚生労働省が注意を呼び掛けています。人混みに行かれる際はマスクをするなど、十分な注意をして下さい。繰り返します』

 アナウンサーが繰り返し、注意を呼び掛ける。

「あんな人混みでインフルエンザとか、物凄く、流行しそうだな」

「それにしても、各神社でって言ってたな。これは、ヘタをしたらえらい事になりそうだぞ」

 兄は表情を引き締めて、チャンネルを変えて、他に何か言っていないかを探し始めた。僕は取り敢えず、米や缶詰や乾麺などの日持ちする食料品がある事を確認しておく。

 この時は、インフルエンザの大流行かも知れないと、誰もが思っていたのである。

 だがその日のうちに、奇妙な共通点が問題視され始めた。それは、罹患者が、関東の有名な寺社に出かけた事、振袖を着ていた事、その2点だ。

 インフルエンザにしても何にしても、振袖が関係するとはおかしな話だ。最初は、若い女性が患者に多いからそう見えるのかと思ったそうだ。だが、全員が振袖となると、話が変わって来る。

 人為的に撒かれたウイルスの可能性あり。

 そういう結論に至るのにたいして時間はかからず、兄は呼び出されて、出勤して行った。

 念の為にマスクやプロポリスは持って行ったが、心配だ。

「ああ。面倒臭い事になりそうだな。どこのどいつだ、犯人は」

 僕はイライラと、まだ見ぬ犯人に、怒りを募らせた。




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