第155話 いつも見ている(4)母は強し

 ガタガタ震える堀川さんを睨む小東さんの奥さん、香子さんに、改めて訊く。

「何があったんでしょう」

「この人が、後ろから息子の背中を押したんです」

「嘘よ!ヒイッ!」

 睨まれて、悲鳴を上げる。

「あなたはそうやって旦那さんや大海君を心配して、見守っていたんですね」

「そうです。夫や息子を愛してくれる人ならこんなに心配しません。でも、この人はだめです」

「ほうほう。まだ他に?」

「夫の飲み物に薬を入れて飲ませてから車を運転させたり、待ち合わせをしておいて上から植木鉢を落としたり」

「殺人未遂ですか。聞いたか、直」

「聞いたよ、怜。それは犯罪だあ」

「さっき言ってた話が違うというのは」

「……」

「怜、部長ってのが怪しいんじゃないかねえ」

「……」

「いや、部長はただのハラスメント野郎かも知れないよ。全部この人が1人でやったと」

「おや。それは重罪だねえ、情状の余地なく」

「違うの!部長が、小東さんなら再婚に持ち込めるって。その後で不倫しよう、バレないって。お金、ある筈だって」

 堀川さんが必死で言い募る。

 皆の視線が、更に冷たくなった。

「私の家族に悪い事をするのは許さない。許さない。許さない。許さない」

 香子さんが、ズイッと前に出て、堀川さんの前に立ち塞がる。

「おお。母は強し?」

 直が言った。

「私は悪くない、言われた通りしただけで。小東さん、何ともないじゃない!」

「香子さんが守ってくれてたからだろ、今回に限っては」

 言った時、階段を上がって来ていたこの辺りを管轄とする署の刑事、吉井さんともう1人が、辿り着いた。

「この前、その前、色々と訊きたいことがあるので、署までご同行願えますか」

 堀川さんは項垂れながらも、策を頭で練っているらしい。なので、言っておいた。

「言い訳しない方がいいですよ。香子さんが知ってるし、それ以外にも、ねえ。あなたの後ろに誰がいるのか、自分が一番知ってるんじゃないですか?」

 ニヤリ。本当はいないけど。

 堀川さんは真っ青になって震えあがった。香子さんが悪乗りして、

「後ろの方にもごあいさつした方がよろしいかしら?それに、私もご一緒した方が?」

「ヒイイッ!」

 堀川さんは後ろを振り返ってから、闇雲に土下座した。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

「さ、詳しい事は、署でゆっくりと、全部」

 吉井さんに優しく言われ、泣きながら、パトカーに乗り込んだ。

「小東さんにも事情をお伺いしたいので」

「あ、はい。わかりました」

「香子さんはどうします、吉井さん。目撃談を聞けますよ。だから、一緒に行かれたらいいんじゃないですか。札は、電話くれたらすぐに行きますよ、剥がしに」

 何といったって、自宅のすぐ裏だ。手間でも何でもない。

 小東さんと大海のすがるような目に見つめられ、吉井さんは、

「はい。どうぞ」

と、同乗を許可した。


 それから聞いた話では、すっかり堀川さんは素直になって、全てを自供したそうだ。この前に付き合ってた人は500万円の借金をさせて別れ、その前の人は預金を全部取り上げて別れ、その前の人には300万の借金を肩代わりさせた他全ての生活費を払わせて豪遊していたとか。金銭だけでなく、家庭まで壊れたりしていて、酷いものだ。

 そして香子さんは、警察署の一室で、小東さんと大海に別れを告げて、見送られて逝った。

 僕は直と香子さんを送り、刑事課の隅のソファでココアをご馳走になりながら、考えていたことを言った。

「やっぱり、僕から兄ちゃんに結婚を勧めるのはやめとくよ。したいと思う人ができたら、すると思う」

「ん、そうだねえ。責任感は強いけど、それで闇雲に縛られる人でもないもんねえ。単に、結婚したい人がいないだけだろうねえ」

「無理に、勧める事も、一人前になるのを急ぐ事もしない」

 いつの間にいたのか、後ろに立っていた徳川さんは、グシャグシャと僕と直の頭を掻き交ぜて、

「お疲れさん」

と笑った。

「うわわわっ、いつの間に」

「ははは。まあ、気になって。いやあ、結構、結構。

 あ、大福買って来たんだ。皆でおやつにしよう」

 徳川さんは言って、沢井さんに持たせた大きい箱を指した。

 緊張しまくりの刑事達が慌ててお茶やらお皿やらを準備し、皆でかぶりつく。そのうちに、皆も慣れて来たらしく、雑談を始める。

「部長ってとんでもないパワハラのセクハラ親父で、仕事以外の事でも、言う事を聞かない部下には酷かったらしいよ。小東さんも、いびられてクビにでもなったらと、はっきり再婚話を断れなかったらしい」

「仕事以外でもって、変なの。皆で団結してどこかに訴えるとかできないもんなのかな」

「大人は大人で大変なんだねえ」

「だから、急いで大人にならなくてもいいさ」

 徳川さんはポツリと、そう言って笑った。





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