第152話 いつも見ている(1)妻の想い

 クリスマスまで1か月を切ったとは思えない温かさだが、近年はこんなもので、驚く事もなくなった。薄いジャケットで十分で、マフラーや手袋など、いらない。特に今日は、アイスクリームが欲しいくらいだ。

「それでも年末かお正月には、大雪が降ったりするんだからなあ。急すぎるよな」

 御崎みさき れん、高校2年生。去年の春に、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、夏には神殺し、秋には神喰い、冬には神生みという新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「体調が崩れるよねえ」

 町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。去年の夏以降直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

 並んで歩きながら、前を歩く2人連れを見るともなく見ていた。スーツ姿の男の方は30代前半、ワンピースの女の方は20代終わりというところか。見るからに、女の方が押しているという感じだ。

 それを見ていたら、水口さんに言われたことを思い出した。

「水口さんが、兄ちゃんはモテるって言うんだ」

「だろうねえ」

「でもこのままだと、結婚しそうにないって。兄ちゃんは、結婚する前に父親になったみたいなもんだからって」

「ああ……それは……そうかもなあ」

「僕は兄ちゃんに結婚してもらいたいんだけどね、兄ちゃんが、僕が一人前になるまでは結婚しないって。僕がやいのやいの言って勧めるのも変だろ?」

「確かにねえ。それに、司さん、確実にへこむだろうねえ」

「なあ、一人前って、どういう状態?」

「就職……かな」

「だったら、まあ、一応仕事はあるよ。就職してるようなもん?」

「じゃあ、成人?」

「18だったら来年か。まあ、18歳成人は2022年施行だけど」

「……ピンとこないねえ」

「うん、こない」

「でも、正直寂しいんじゃないの」

「……まあ……。でも、赤の他人になるわけでもないし、兄ちゃんは兄ちゃんだし、いずれは結婚するんだろうし」

 言いながら、内心で、動揺する自分を感じる。

「怜、無理しないでいいから。司さんもそうだけど、なるようにしかならないから」

 直が、悟り切ったような目で慰めて来る。

 ホッとしたような、悲しいような、困ったような、よくわからない気分だ。

 その時、急に霊の気配が濃くなって、辺りを警戒する。

 すると、前を歩いていた男女2人連れの男の方が、急につんのめって、転びそうになった。

「ワッ。危ない」

 言って体を起こしたその時、1歩先に植木鉢が落ちて来て、ガシャン、と路上に叩き付けられた。

 シーンとしてそれを見つめ、次いで上を見る。マンションのどの部屋のベランダから落下してきたのか、皆目わからない。ただ、ほんの1歩の事で命拾いした事は確かだった。

 例の気配は、もうない。

「危ないなあ」

「ちょっと、どこの家かしら!?」

「まあいいよ、大丈夫だったんだし」

「つんのめらなかったら、脳天直撃だったわよ!?」

 女の方は怒っていたが、男になだめられて、どうにか怒りを収めたようだ。

 周囲の通行人達も上を見て、「危ねえ」「怖いわねえ」などと言いながら歩き出す。それに、男は何となく頭を下げていた。気が弱く、また、人がいいのだろう。

 そして僕と直にも頭を下げかけ、バッジに目を留めたようだった。

「あ、霊能師バッジ」

「何か、お困りですか」

「あ……いえ……すみません」

「何かあれば、お気軽にどうぞ」

 名刺を渡しておく。

 どうも、また会う事になりそうだ。


 男は、布団の上に座り込んで溜め息をついた。このところ毎日のように同じ夢を見る。死んだ妻が現れて、何か言いたげな顔で、自分を見ているのだ。

 再婚をしようとしているのが、やはり不愉快なのだろうか。でも、子供はまだ小学生だ。母親が必要だろう。

 もう1度溜め息をついて置き出し、ふと、昨日名刺をもらった事を思い出した。霊能師。妻の言いたいことが、わかるかも知れない。






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