第153話 いつも見ている(2)再婚
電話をもらってその家に行くと、昨日名刺を渡したサラリーマンと、小学生くらいの男の子が出迎えてくれた。
「お電話いただきました、御崎 怜と、町田 直です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。あの、どうぞ」
勧められて奥へ通されると、テレビのある部屋の隣が子供部屋らしく、ランドセルの掛かった机があり、壁に、親子3人と思われる水性絵具で書いた絵が張り付けてあった。
そしてその絵の下で、その絵の中の母親らしき人物が薄っすらと透けながら立っており、目礼を送って寄こす。
礼を返して、リビングのローテーブルに着く。
「改めまして、小東 要です。それと、息子の大海です」
「小東大海です。小学5年生です」
「御崎 怜です。よろしく」
「町田 直です。よろしく」
大海はニコニコとした明るそうな子で、顔立ちは小東さんに似ている。
「実は──」
小東さんが言いかけた時、ドアチャイムが鳴った。
「あ、すみません。ちょっと」
小東さんが出て行く。
直が、大海に話しかける。
「あれ、植物図鑑だねえ。それに野草図鑑、草花の手入れ。植物が好きなの?」
大海はコックリと頷いて、
「お母さ――母が、花が好きだったんです。それで、一緒に育てたり、3人で野草摘みに行ったりしている内に、ぼくも面白くなってきて」
「へえ。食べられる野草とかも詳しいんだ」
「はい。お母さんが美味しく料理してくれて」
人には母と言いなさいと言われているんだろうが、ついつい戻ってしまうようなのが、なんだか微笑ましい。
「野草って食べた事ないなあ。ヨモギ入りのお餅とか炊き込みご飯がせいぜいで」
「ボクもだよ。興味あるなあ」
「ユキの下の天ぷらとか、サクサクしてて美味しいよ」
「ユキの下?あ、聞いた事はあるけど、この辺に生えてるのか?」
「日陰にあるんだ」
「へええ」
話していると、玄関から、小東さんの声と共に足音が2人分戻って来た。
「だから、大事な話で――」
「だから私が同席しなきゃいけないでしょ。結婚するんだから」
「いや、そんな」
「何よ、主任」
昨日見た、女性だ。
大海の表情が、少し硬くなった。そして彼女の方も「面白くない」という表情を一瞬浮かべて、精一杯の愛想笑いを浮かべ直した。
「はじめまして。小東の婚約者の堀川澄子です」
「ああ……」
小東さんは何とも曖昧な顔で、頭を掻いた。かなり、尻に敷かれていると見える。
今日の依頼は知らせているのかいないのか。曖昧なので、座ったまま頭を軽く下げておくに留める。
「堀川くん、悪いんだけど」
「あら。主任の大事な話なら、私にとっても大事な話よ」
「え、あ、そう……じゃあ、少し大海と外で遊んで来てくれないかな」
これには、堀川さんも大海も、両方が不満そうな顔をした。
「頼む。大海も、頼む」
「……わかったよ、お父さん。ぼく、外にいるから」
大海は言って、立ち上がった。
それでしぶしぶ、堀川さんも後に続く。それに、幽霊の母親らしき人物も付いて行く。
小東さんは溜め息でそれを見送った。
「すみませんでした。
ええっと、同じ夢を見るんです。去年亡くした妻が、何か言いたそうにこっちをジッと見ている夢です。
それと、この頃、ちょくちょく変な事が起こるんです。変に昼間眠くなって事故を起こしかけたり、上から物が落ちて来たり」
「あなたは、亡くなった奥さんが何かしていると考えているんですね」
「う、まあ、はい」
僕と直は、何から聞こうかと少し考えて、ちょっとお茶を飲んだ。
「奥さんが亡くなったのは」
「去年の正月明けです。胃がんでして」
「堀川さんとは」
「今年に入って来た契約社員で、何か、プッシュされまして。上司にも勧められましたので、何となく」
照れているとかでなく、本当に、当惑している感じだった。
「勧められたとは……」
「子供には母親が必要だ。中学生になってからよりも、少しでも小さい方がなじみやすいし、いいだろう、と」
ムッとした。
「子供から言わせてもらうと、大きなお世話ですよ。母親が必要って、母親と呼ぶ人間がいれば誰でもいいというもんでもないでしょう。
自分の事で恐縮ですけど、僕は10歳の時に両親が亡くなりましたが、その後兄が1人で育ててくれています。兄に感謝しこそすれ、不自由とかは感じません。恋しいとは思う時はありますが、そんなの、新しい母親ができようが何だろうが、一緒です。再婚するにしても、母親が必要だからなんていう理由はやめて下さい」
小東さんは初めはビックリしたような顔をして、次いで、泣きそうになった。
余計な事を、言ってしまったか……?まあ、霊能師への相談ではなかったな。どうしようか、と、直に横目で助けを求める。
「まあ、あれですよ。見たところ、小東さんもあんまり乗り気でなさそうだし、大海君と堀川さんもあんまり仲が良さそうでもないし、迷っているんですよねえ?」
「はい」
小東さんは、嘆息して、
「再婚なんて、正直、そんな気分じゃないんです」
と言った。
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