第148話 ブラッディ・ハロウィン(1)幽霊、ごねる

 ハロウィンが日本に定着したのは、いつくらいだっただろうか。昭和の終わりには、あっただろうか?

「あんた達はいいわよね。うんと小さい頃から、仮装して、お菓子貰って、楽しくやってたんでしょ」

 言われて、考える。

「まあ、幼稚園の時は、ハロウィンで仮装してたな」

 御崎みさき れん、高校2年生。去年の春に、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、夏には神殺し、秋には神喰い、冬には神生みという新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「そうだねえ。ボクは白雪姫の狩人。狩人ってのが、何かかっこよくてねえ」

 町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。去年の夏以降直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「そうそう。そうだった。僕は暴れん坊将軍のお庭番。忍者」

「お互い、いまいちマイナーなセレクトだったよねえ」

 僕と直が言っていると、目の前の幽霊がぶうとむくれた。

「それでも私達よりいいじゃない。私達だって、仮装とかしてみたいもの」

 この幽霊、仮装ではない。そのままだ。いや、この一体だけではなく、わんさかといる。

 夜毎墓地が騒がしいと訴えがあり、来てみると、霊が寄り集まって仮装行列の会議を毎夜おこなっていたらしいのだ。何でも、ハロウィンに、練り歩きたいらしい。

「でもなあ。仮装しなくてもいいでしょう。

 というか、歩けばそのまま百鬼夜行だし。百鬼夜行、されればそれはそれで困るんだけど」

「やりたいなあ、俺達も。ワイワイと。羨ましい」

「いやあ、日本の幽霊なんだから。お盆があるじゃないですか」

「地味よお。もっとおしゃれに、派手に踊ったりとか」

「盆踊りがあるよねえ」

「違うんだ。こう、パッションっていうの?」

「お菓子もらったりさあ」

「地蔵盆でもらえるし」

「ちっがーう!」

 幽霊達が、盛大にごねる。

「頼むから、盆踊りで勘弁して。浴衣もこの頃はおしゃれだし」

 ぶうぶう文句を言う幽霊達を宥め透かして、どうにか百鬼夜行を思いとどまらせ、墓地を後にした時は、ほとほと疲れ果てていた。

「わかってくれて良かった」

「大霊園だから、やられたら、えらい騒ぎになってたよねえ」

「色んな幽霊がゾロゾロって、ハロウィン感、無いからな」

「子供がひきつけ起こして泣くかもねえ」

 何にせよ、中止してくれて良かった、と言いながら、家に向かう。

 途中、見上げたビルの大型スクリーンに、新作映画『ブラッディ・ハロウィン』の予告編が流れていた。人気のアイドルグループが出るパニックホラーらしく、その内の1人は総理大臣の孫とかで、話題性は抜群だ。

 そのうちにCMが終わり、ニュースに変わる。

「今日インターネットに、ジャック・オー・ランタンと名乗る人物から、ハロウィンに大量殺人を起こす、ブラッディ・ハロウィンだ、という犯行予告があり、混乱から一時、ネットがダウンするという事態になりました。警視庁では悪質ないたずらと見て、捜査を進めています」

 今見たばかりの映画の予告編を思い出した。

「愉快犯かなあ」

「アイドルグループのファンか、アンチかかな」

 迷惑な話だと片付け、その話はそれで、もう半ば忘れかけたのだった。


 兄がシャワーを浴びている間に、急いで数回分の着替えを用意し、軽食をテーブルに並べる。焼きおにぎりで、味噌を塗って焼いたものと、しょうゆを塗って焼いたものだ。個包装したパンプキンカップケーキは、着替えと一緒にカバンに入れる。

 泊りがどのくらいになるのかはわからないが、一週間分は、着替えを準備する。勿論、早く事件が解決すればすぐに帰って来られるのだが、こればかりはわからない。

 警備部の仕事は秘匿性が高く、何にも教えてはもらえない。ただ、無事に帰って来てくれることを願うだけである。

 御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意、クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の、頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。この秋からは、警備部企画課に異動になった。

 シャワーを出て着替えて来た兄はテーブルに着くと、

「いただきます」

と手を合わせてから、おにぎりを食べ、何か言いたそうにした後、迷った末に、

「ハロウィンは、人込みに出かけないようにな」

とだけ言って、着替えとカップケーキを入れたカバンを持って、また出て行った。

 何の仕事かわからない。が、何となく、面倒臭い感じがした。




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