第146話 階段(3)落し物

 サッカー部は、今日も優しい階段までランニングし、練習し、締めにもう1度優しい階段までランニングした。もう部員はヘロヘロだ。

「ありがとうございました!」

 ビシッと頭を下げ、米山が去った途端、座り込んだりする。

「疲れたあ。もう、歩きたくないッス、先輩」

「もうすぐ試験だっていうのに、これじゃ、何かする余裕もないわあ」

「部長、もうちょっと何とかならないですかねえ?」

「そうだなあ。厳しいかなあ、意見を言うのは」

「別に、Jリーガー目指してるわけでもないし……」

 練習後はボヤキ大会になるのが、最近のサッカー部だ。

「本当に、このままだと、やめるやつが出てきますよ」

「でもなあ。困ったなあ」

 唸りながら、更衣室にノロノロと歩き出すのだった。

 思う存分走らせた米山は、まずは自動販売機で冷たい飲み物を買って飲んでから、体育教官室に向かい、心の中でブツブツと文句を言っていた。授業が厳しすぎるのではないか、一部の生徒ばかりに特に厳しくしているのではないか、教頭にそう言われたのだ。

「ヘッ。うるせえんだよ。ったく。

 ああ、うざい。明日のクラスは、たるんでるやつに、もうちょっとペナルティをプラスするかあ」

 そう思い付いたら、少し気が晴れた。

「ん?あれ?」

 ポケットを探り、鍵が無い事に気付く。家とロッカーと体育教官室の机の鍵を付けたキーケースを入れておいたのに、いつの間にか無くなっている。

「ハンカチを出した時か」

 例の階段の上でハンカチを出した時くらいしか、思い当たらない。

「誰かに取りに行かせるか。ああ、あの生意気な面した、あいつにしよう」

 そうと決めたら、踵を返して、更衣室へ向かう。

 だが、米山にとっては運の悪い事に、行ったが皆帰っていて誰もおらず、仕方なく、自分で取りに行く事になる。飲み物を買ったのが失敗だった。

 だが、ランニングして行かなくとも、自転車でいい。米山は自転車置き場の自転車を借り、階段上の倉庫へと向かった。

 遠回りをして、自転車を走らせる。

 すると、さっきはしていなかったのに、緊急ガス管工事をしていて、階段上に続く坂道が封鎖されていた。

「マジかよ」

 どうにかしてと思ったが、階段にまわってくれと言われるばかりで、どうにもならない。

 鍵がなければ、帰る事も、着替える事もできない。仕方なく、米山は階段の下へ自転車を向けた。

 辺りは既に真っ暗で、誰も他に通りかかる人もいない。なるべくなら行きたくない場所で、行かないようにしていたのに、と、舌打ちをする。

 自転車を止め、下から階段を見上げた。

 高校生の頃を思い出す。毎日、毎日、ここまで走って来ては階段を上り下りし、2年生になってからは、1年生に上り下りをさせた。気に入らないやつ、弱いやつ、イライラしている時に目に付いたやつには、それ以外に追加の特別トレーニングとしてやらせた。

 そうだ、あいつにもやらせた。

 頭を振ってそれを頭から追い出し、仕方なく、階段に足をかける。さっさと取りに行って、こんなところから離れよう。

 米山は、悪寒に気付かない振りをしながら、わざと元気よく足を上げて、階段を駆け上り始めた。








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