第145話 階段(2)新任教師

 体育の授業前、急いで更衣室に行って、手早く着替える。

 これまで僕達の受け持ちだった先生が病気で入院し、新しい体育教師が来たのだ。授業は初めてだが、サッカー部の顧問も受け継いでいて、サッカー部員は既に部活で会ったらしく、

「おい、絶対に遅れるなよ。遅れたりしたらペナルティでランニングとか好きだからヤバイぞ」

と言うので、皆、急いでいるわけである。

 それで、かなり急いでグラウンドに出て、話をしていた。

「厳しいのか」

「まあな。顧問と話す時は基本直立不動とか、敬語とか、先輩の意見は絶対とか、髪の長さとか。あと、不服そうな顔とか言われて、腕立てと腹筋とスクワットを50回ずつやらされた」

「……気をつけよう」

「ここのOBらしくて、その頃のサッカー部は強かったとか凄い言ってた。それで、今は弱いって、基礎体力作りに嫌ってくらい走らされたし」

「うわあ……」

「でも、ロードワークで、階段は行かないんだ。裏の坂道を上る方。階段もきついけど、坂道は距離が伸びて、地味にきつい。どっちがましかなあ……はあ」

「ああ。あの階段か。優しい階段」

 喋っているうちにチャイムが鳴り、教師が現れた。3分遅れである。

「米山瑛二だ。まずは、ランニング3周。始め」

 準備体操が済むと、すぐにランニングになる。そして、すぐに今の課題の短距離走に移ったのだが、ランニングでそこそこ早く走らされたので、3分の1くらいの生徒が、かなりきていた。

「トロトロ走ってんじゃねえぞ、こら。やる気あるのか、お前ら」

 と、特に遅い、運動の苦手な生徒には集中的に目を光らせ、

「もう1本、やり直し!」

とか命じる。

 別に手を抜いているわけではないが、なかなか、厳しい。本当に真剣にやらないと、目をつけられたらえらい目に遭いそうだ。

「随分と楽しそうだな、米山先生」

 こそこそと言い合う。これも聞きとがめられたら、何を言われるかわかったもんじゃない。

 えらい先生が来たものだ。もう、溜め息しか出ない。

「誰が休んでいいと言った!?」

 言われて、仕方なく、バレない程度に手を抜いてスクワットをする。

 その内、クラスで一番運動が苦手な支倉という生徒が、派手に転んだ。

「チッ」

 舌打ちをする米山に支倉はますます怯える。

「保健室に行って手当してやれ。ああ、お前でいい」

 たまたまゴールしたところで目の前にいた僕が指名されて、支倉に手を貸し、保健室に向かった。


 肩に掴まりながら、支倉が言う。

「ごめんね、御崎君」

「休憩できてラッキーだ。気にするな。

 それより大丈夫か。捻ってないか」

「大丈夫。擦り傷だけだよ」

 支倉は力なく笑い、保健室に入る。

 生憎誰もいなかったので、水で洗い、消毒を始めた。半分終わったところで、たまたま事務の人が来た。

「あら。転んだの」

 気のいい、定年間近の女性だ。

「先生は?」

「米山先生です」

「ああ、米山君。あの頃の運動部はもっと厳しかったから、米山君も厳しいのよねえ」

 苦笑を浮かべて、絆創膏がいいか包帯がいいかと悩む。

「今から、20年くらい前ですか?」

「そうね。あの頃は100本ダッシュとか、手押し車で階段上りとか、気合が足りないとかで正座とか」

「それ、科学的じゃないですよね」

 僕も支倉も、眉をしかめた。

「昔の体育会系は、今よりも厳しかったのよ。だから、あんな事故も――あ……」

「事故?」

 事務員は笑顔を取り繕って、

「そうそう、プリントを置きに来ただけだったのに、すっかり長居しちゃったわ。

 あなた達も、急ぎなさいね」

と言い、出て行った。

 残された僕と支倉は、顔を見合わせた。

「20年前じゃなくて、良かったと思うよ」

「確かに」

 20年前の事故。どうも、面倒臭い予感がしてきた。







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