第142話 空をめざす魚(2)冥途喫茶へようこそ

 青い栞に、呼びかけてみる。

 すると、すうっと出て来たものが、人の形をとった。僕達と同じくらいの年の女の子だ。痩せていて、肌の色は青白い。

「こんばんは。私は黒川早百合です」

「こんばんは。御崎 怜です」

「ここはどこかしら。病室には見えないわ」

「僕の家ですよ」

「まあ。病室を15年振りに出たら、初めてだわ、男の子の家だなんて。

 本に出て来る男の子の部屋は、散らかっていて、ベッドの下に本が隠してあったわ」

 部屋を見廻し、そして、好奇心に満ちた目で、ベッドを見る。

 頼む、やめてくれ。そこに何もないけど、それでも居たたまれないから……。

「人によるよ」

「それもそうね」

 早百合はにっこりとした。

「まあ、座って。15年振りに病室を出るって?」

「生まれつき心臓に欠陥があって、その上小児がんとかにも罹って、ほとんど、病院しか知らないの。院内学級で中学は卒業したけど、本当の学校は一日も行った事がないし、本では世界中どこへでも行けたけど、本当の私はどこにも行けなかったの。残念だわ。病室の窓から見える空と本の中が、私の全世界よ」

「本はいいよね。どこにでもいけるし、何にでもなれる」

「そうなの。だから私は、父や母に本を頼んで、本を届けてもらってたの。

 ああ。最後に読んでいたのは……そう、それよ。ラストの――」

「待った!まだ僕は読んでないんだ」

「あら。ふふふ。じゃあ、内緒ね」

 早百合は楽しそうに笑い、本棚を眺め、机の教科書やノートを物珍しそうに眺め、文化祭のチケットに目を留めた。

「文化祭?カップルができたり、他校の人が乗り込んで来たり、お金持ちが騒動を巻き起こしたり、対立するライバル同士が戦ったりするすごい行事よね」

 何だろうな。この偏った感じの知識……。

「いや、そこまで……まあ、去年は確かに大変な騒ぎになったけど、うん、平和なお祭りだな、本来は」

「あら。そうなの?変ねえ」

 納得しかねるという顔で、首を傾げて口を尖らせる。

「見てみたいわ。見て、確認したいわ」

「うちのに、来たいの?」

「ええ。だって、もうすぐ百箇日、あの世に行くんだもの。最後のチャンスだわ」

「わかった。イタズラとかしないなら」

「しないわ。私、聞き分けのいい良い子ってずっと言われてたのよ」

「OK。では、ご招待しましょう」

 招待状3枚の内の1枚を、差し出した。


「というわけなんだ」

 僕は早百合が戻った栞をポケットに入れて、登校していた。

「ふうん。それは気の毒にねえ」

 町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。去年の夏以降直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「じゃあ、今日は楽しんでもらわないとねえ」

「ねえねえ。どうせなら参加してみない?実体化して、ウエイトレスやればどうかな。お祭りは参加しないと」

 エリカが提案する。

 立花エリカ。オカルト大好きな心霊研究部部長だ。霊感ゼロだが、幽霊が見たい、心霊写真が撮りたいと、心から日々願っている。

 それに部員は全員賛成し、早百合は今日だけ特別部員として、札を得て実体化した。制服は、女子を見て合わせたらしい。これも、人生初だ。

「さゆりん、こっちこっち。

 あ、店の人間が知らないと訊かれても説明できないでしょ。だから試食しちゃう?ねえ、いいわよね?」

「いいよ」

「うわあ、嬉しい!」

 あだ名までついて、女子はなじんでいる。

 まずはケーキ。フォークを入れると、中からストロベリーソースが流血のように流れ出す。次はカップケーキ。細い糸のように細工した飴を、カップケーキの上のクリームに針山のように刺してある。そして冷やし善哉。白玉に豆を埋め込んで目玉にしてある。そして甘い物が苦手な人には、チーズせんべい。チーズをパリパリに焼いてあるのだが、形が骨だ。一応は、冥途仕様のスイーツにしてあるのだ。

「まあ。これがあの有名なメイド喫茶なのね。良かったわ、興味があったの」

「え、あ、うん。それは良かったわ」

 皆、微妙な顔で目線をそらせた。










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