第143話 空をめざす魚(3)異世界転生志願

 今年も、兄や徳川さん、晴ちゃんたちが来てくれて、盛況だ。ハッキリ言って、異様に混んでいる。

「さゆりんが手伝ってくれて大助かりだな。

 ああ、文化祭って忙しくて面倒臭いな」

「何か試食でこき使ってるようで申し訳ないけどねえ」

「まあ、本人が生き生きと楽しそうだからいいだろ。

 生き生きって、考えてみれば変だけどな」

 僕と直はコソコソと小声で話して、ハハハッと笑った。この客の中の何人が、幽霊がここにいてウエイトレスをしていると分かっているだろうか。これはこれで愉快である。

 一番人気は流血ケーキだが、どれも万遍なく出ていて、SNSやブログで、今、もう出ているらしい。目玉善哉とか子供が泣くかと思ったけど、意外と平気らしい。

 と、キョロキョロしながらやって来る高校生くらいの男がいた。並んでいる人の列を文字通り透り抜けて入って来る。霊体だ。

 そっと、横に付く。

「お客様」

「あれ。やっとボクが見える人だ。あ、ということは、神様?天使?」

「は?」

「チートスキルは何をもらえるんだろう。あるよね?」

「……お客さん、死んでますよね」

「うん。だから、ここに来たんでしょ」

「僕達、神様でも天使でもなく人間ですよ」

「んん?あ、村人AとBだ」

「ここ、現世なんだよねえ」

「転生、異世界じゃないんだ。魔法は?」

「ないよ。転生もしてないよ」

 もう、客扱いしなくていいな。面倒臭い。

「多いんだよねえ。この頃事故で死んだ後で、異世界だろ、転生だろって言う人」

「ラノベで人気のジャンルだからな。はああ。面倒臭い」

 男はキョトンとし、次に慌て、それから叫んだ。

「えええっ!?死んだだけ!?」

「他のお客様の迷惑になるので、静かにして下さい」

 皆には聞こえてない。ブツブツと、僕と直が喋っているだけに見えるんだろう。

「そんなあ。冥途喫茶って書いてあるから、ここでスキルもらったりするのかと思ったのに」

「あのね、死んでも異世界には行きませんよ。あの世に行くんです。逝きましょうか、お送りしますよ」

「嫌だ!彼女もないまま、逝くのは嫌だ!」

 言うや、踵を返してダッと走り去った。

「アッ!」

「待て!」

 追いかけて行く僕と直の後ろで、

「やっぱり!何かに話しかけてると思った!」

「思った通り、今年も普通には終わらないのね、心霊研究部」

などという会話が飛び交っていたと、後で聞いた。

 とにかく、逃げ出したラノベ男を追う。

 人混みなどお構いなく、走って行く。対してこちらは、普通に、人にぶつかる。

「あ、見失う」

「札を貼り付けておくべきだったよ」

 校内を駆けずり回りながら、気配を頼りに追いかけた。

 と、スッと霊体の早百合が横に並んで、

「任せて。部室に連れて行くわ」

と言うや、人を透り抜けて追いかけて行った。

「いい部員だな」

「まったくだねえ。はあ」

 僕と直は、部室に引き返した。

 部室前の噴水の縁で働き者の特別部員を褒めていると、本人がラノベ男を連れて戻って来た。しっかりと手をつないでいて、ラノベ男は心なしか嬉しそうだ。

「あ、あの、ボク、あの世に逝かないとダメなんですか」

「そうですねえ」

「でも、ボク、生まれてから死ぬまで彼女とかいなくて、このままで死ぬなんて嫌ですよ」

「そう言われても、もう死んじゃってるから……。早く次の人生に踏み出して、人生をエンジョイした方がいいと思うな。な、直」

「そうだよねえ」

 ラノベ男はううんと迷うように唸った。

「確かに、もう死んじゃってるからなあ」

「そうよ。私も次の人生は、健康な体になるわ。それで、たくさん、色んな事をしたいわ。今日はとても楽しかった。こんな事をしてみたい」

「あ、あの。その時は、ぼ、ボクの幼馴染になって欲しいんだけど」

「いいわよ!って、選べるのならね」

「あ、ありがとうございます!!

 あ、ボク、あの世に逝きますので、よろしくお願いします!」

 現金なやつだ。

「じゃあ、逝きましょうか」

「え、もうですか」

「そうねえ。忙しいから、お店のお手伝い、一緒にする?」

「はい、喜んで!」

 勝手に特別部員が増えたが、まあ、いいか。もう逃げそうにもないし、幸せそうだし。

「じゃあ、制服は合わせてな。後、角を付けて」

「あの、メイド喫茶だよね?」

「冥途喫茶だよ」

「仕事を説明するよ。行こうかあ」

 札を装着した2人を連れて部室に入ると、部員達は2度見してきたが、それで終わった。慣れて来たな。



 文化祭が終わった後、2つの変化があった。1つは、青い栞から、鳥の形の紙魚が消えた事。そして、もう1つは、部のアルバムに1枚の写真が増えた事。早百合とラノベ男と部員達で撮った集合写真だ。

「いい笑顔だなあ」

「本当だなあ。ははは」

「ははは、てね」

「はい。ごめんなさい?」

 僕と直は、協会の支部長に怒られて、反省文を書かされたのだった。

 ああ、面倒臭い。





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