第137話 啜る(1)幸運のリストバンド
まだ暑いグラウンドで、熱い戦いが繰り広げられていた。陸上競技会である。何でも、連覇のかかった選手がいるらしく、地元の新聞社も取材に来ていた。
そして僕達は、部短距離走に出る紫明園の生徒が、これでいい成績を残せば推薦を貰って強化選手に選ばれるとかで、ツテのツテのツテみたいなもので、応援に駆り出されていた。
「強化選手か」
「紫明園にはあんまりいない生徒だねえ」
僕に答えたのは、直だ。
町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈をもっている。去年の夏以降直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。
「将来、オリンピックとかを目指すのかしらね、強化選手になったら」
立花エリカ、オカルト大好きな心霊研究部部長だ。霊感ゼロだが、幽霊が見たい、心霊写真が撮りたいと、心から日々願っている。
「国際大会とか、まあ、そうね」
ユキが同意した。
天野優希。お菓子作りが趣味の大人しい女子だ。
この4人が、心霊研究部2年生で、全員、同じクラスだ。
「うわあ、凄いなあ。それに大変そうだよね」
豊かな表情で目を丸くしてみせるのは、高槻楓太郎。入学式直前に事故に遭い、学校に行きたい一心で生霊として登校してしまった過去を持つ。なんとなく、マメシバを思い出す雰囲気の、小柄な男子だ。
「そうだな」
水無瀬宗。霊除けの札が無ければ撮る写真が高確率で心霊写真になってしまうという変わった体質をしている。背が高くてガタイが良くて無口。迫力があるが、心優しい、ラブラドールみたいなヤツである。
「何か才能があるって、羨ましいわあ。尊敬する」
「羨ましくはないわ。まあ、ちょっと、すごいなあ、とは、思わなくもないけど」
斎藤留夏、梨那。親の再婚で姉妹になった2人で、姉がツンデレの留夏、妹の梨那は心霊ものが好きなようで、タイプは違うが、姉妹仲はいいらしい。
この4人が心霊研究部1年生で、総勢、8人の部だ。
「次だね、次」
直が言って、皆でトラックに注目する。
「ああ、あれですね。ピンク色のリストバンドをしている」
皆学校名の入ったユニフォームだが、よりにもよって、色が緑色でかぶっている。その中で、ピンク色のリストバンドをしているのは1人だけだ。
「ああ、あれか」
表情が硬い。そして、隣のレーンの選手と、不自然なくらい目を合わせようとしない。
「ああ。隣が連覇のかかっている選手なんだなあ」
「それはまた、何と言うか」
「大丈夫よ。幸運のリストバンドをしてるもの」
「エリカ、それはなあに」
「世界ジュニアにまで行けそうだった前の陸上部部長がしてたらしくて、病気で陸上をやめなくちゃいけなかったそうなんだけど、後輩がいざって時にそれをはめて走ると、勝てるんだって」
そんな便利なラッキーアイテムについて聞いているうちに、スタート位置に付き、合図と共に走り出した。
速さは拮抗している。凡人からしたらアッと言う間の時間で、グングンとゴールに近付いて行く。そこで、我が校の選手の方が、グンッと前に出た。
一瞬、ザラリとした風が吹いたような気がした。
歓声の中、選手達――応援しに来た選手の名前すら知らないし、連覇がかかっていたという選手も知らない――が握手して相手を称え合うのをよそに、僕は直に訊いた。
「今、何か、変じゃなかったか?」
「え?進路妨害とか?」
「そうじゃなくて、何か……ザワッと」
「別に……?怜、熱中症じゃないよねえ?」
「怜先輩、冷たいもの買って来ましょうか、自分」
「ありがとう。でも大丈夫だから。熱中症じゃないから」
「まさか!アレですか?霊的なアレ」
「ええっと、うん……」
梨那とエリカがガッツポーズをする。おい、お前ら。選手の勝利にガッツポーズはしてやれよ。
翌日、顔を合わせた途端、直が言った。
「昨日の陸上部の人、あの後帰り道で転んで捻挫して、結局強化選手に推薦の話は流れたらしいよ」
「……まさか」
「かも、ねえ」
面倒臭い話になって来た。
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