第138話 啜る(2)伝説のアイテム
陸上部の部室に行き、リストバンドを見せて欲しいと言うと、変な顔をしながらも部長は見せてくれた。
色が、昨日よりもやや濃いように思える。しかし気配はほとんどない。
「あの、初めからこんな色でしたか」
「はあ?」
部長はまじまじとこちらの顔を見、
「だと思うけど」
と言う。
「これって、聞いた話だと、ラッキーアイテムだとか」
「そうよ。どうしても負けられないレースで、勝てるって」
「昨日、勝ったけど、捻挫しましたよねえ」
部長はムッとしたように、眉を寄せた。
「ええ、そうよ。リストバンドをしてレースに勝てて、外して帰る途中に捻挫よ。まさかそれで、呪いのアイテムとか言うんじゃないでしょうね」
「いやあ、そういうわけでは……」
「侮辱するのは許さないわよ」
「すみません。そういうつもりではないんですけど」
「これは、樫田部長の無念のこもったリストバンドなの。後輩に力をくれるのよ。わかったらもう帰って」
ピシャリと鼻先で、ドアが閉められた。
僕と直はすごすごと引き下がりながら、溜め息をついた。
「凄い剣幕だな」
「そうだねえ。捻挫で推薦の話も無くなって、ピリピリしてるんだろうねえ」
霊能師をしていると、霊がいると言った途端、「帰れ!」と怒鳴られたりすることは少なくもない。こういう対応も、想定内ではある。
「歴代のリストバンド使用者を調べてみるよ。後、その樫田部長とやらもねえ」
「頼む、直」
話しながら歩いていると、前から2人組みが話しながら歩いて来た。
「リストバンド、借りられるんでしょ」
「うん。この大会は、正念場だからね」
「大丈夫よ。きっと上手く行く」
「うん、ありがとう」
すれ違い、その2人は陸上部の部室に入って行った。
「直」
「今のも、チェックしとくよ」
「ラッキーアイテムである事を願うよ」
嫌な予感を振り払うように、僕達は教室へ戻った。
我が校の体育祭は、9月だ。まだとても暑い。なぜそんな時期かと訊いたら、秋の2大行事である体育祭を9月に、文化祭を10月にして、受験生を早く勉強に専念させる為だと言う。
納得できる気はするが、暑いものは暑い。
その上今年は、部員が6名を超えたので、クラブ対抗リレーにまで出ないといけないらしい。去年は4人なので出ずに済んだのだ。ユキと梨那があからさまに運動が苦手なので、半泣きで無理だと言われ、自動的に選手が決定している。いくらこれは余興だとは言え、だったら尚更、出場は任意でいいんじゃないだろうか。面倒臭いじゃないか。
そう言ったが、だめだった。面倒臭いが理由では、納得してもらえない。
クジと立候補と推薦で決められた出場種目は、全学年男子全員参加の棒倒しと、障害物競走、二人三脚だ。走り高跳びとか5キロマラソンとか三段跳びとかでなくて良かった。
大体、三段跳びの、使いどころがわからない。川とかを飛び越えなくてはならないときは幅跳びでいいだろう。誰がどういう状況でこれを思いついて、どういう経緯で正式に競技になったのか、誰かに一度聞いてみたい。
そんな事を考えていると、直がメモ帳片手にやって来た。
「わかったよ、怜」
「いつもながら、早いな」
樫田という3年前の卒業生は、中学時代から目立つ選手で、世界ジュニア大会にも出るような選手だったらしいのだが、いよいよ世界大会でメダルかと言われた頃に骨肉腫にかかり、選手生命を絶たれたのだそうだ。
その後リストバンドはお守りとして部に残り、「ここ一番」の部員に貸し出されるようになる。
最初は長距離の女子。県大会で優勝し、翌日、半月板損傷がわかって国体出場は辞退となった。
2番目はハードルの男子。記録会で優勝し、その日、自転車がぶつかってきて神経を損傷、激しい運動はできなくなった。
3番目は昨日の2年生。
そして4番目は、3年生の森田理沙。今度記録会があるらしく、この成績次第では、陸上強豪校に特待生として入学できそうだという。
「どうしたもんかなあ」
「確たる証拠もないし、怒られるだけだよぉ」
「かと言って、何かが起こるのを待つっていうのも、なあ」
「言うだけ言って、本人に任せるしかないよ。それで何かあっても、それは本人の勝手」
「それしかないよなあ」
怒られ慣れていると言っても、また部長とあの女子に怒られるのかと思えば、楽しくはなれなかった。
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