第136話 首の無い侍(4)沖田、去る
再び、ピリピリとした空気が支配する。
さっきのはまだ本気ではなかった、準備運動だった、と言わんばかりに、纏う空気が変わっている。
息を吸うのも吐くのも気を使う。
首無し侍の剣先が、ほんのわずか上へ上がり、体重がつま先にシフトする。そのタイミングで、地を這う低さで飛び込んで、下から斬り上げた。胸を斬りつけたが、浅い。
上から刀を振り下ろして来たのを掴頭で弾き、回し蹴りを膝に叩き付ける。
たたらを踏んで下がる首無し侍を、斬り下ろし、斬り上げ、横に薙いで追撃した。
それを全て防いで見せて、首無し侍は構え直す。
「沖田よ。お前の弟子は、なかなかにえげつないな」
「はははっ」
師匠の笑い声を聞く途中で、首無し侍が反撃に出た。振りは最小に、突きは鋭く。
成程な。動きが大きいと次につなげる時間がかかるから、最小の動きでやるのがいいのか。
では。突いて来た剣先を払ったそのままの勢いで前に出、横に薙ぎ、首に振り下ろし、脇から斬り上げ、腕に斬りつけ、横に薙いで後ろに回りながら、返す刀で薙ぐ。
少しずつ、斬りつける度に煙のように黒いものが散っていく。これが生身なら、今頃こちらも、返り血で悲惨な事になっているだろうな。
少し笑って、横から思いっきり腰を蹴り飛ばす。予定の場所へ。
首無し侍がそこへ足を踏み込んだ瞬間、埋めておいた札が空中に跳ね上がる。地雷のようなものか。そしてその札は五芒星を描いた真ん中に首無し侍を捕えて、拘束する。
ここへ誘い込んで、術を発動させる。そういう作戦だったのだ。
「グウウウウ……!」
唸りを上げ、こちらを見上げる。
「卑怯とか言わないよな」
「言わん。押されていたのは事実だし……。それに、フフフッ」
「何を――あれ?」
僕に付着した、飛び散っていた元首無し侍を構成していたものが、じわじわと中に浸透してきた。
血臭がした。肉を、神経を、内臓を断つ感触が手に響く。零れた血の温かさが腕に広がる。向けられる、絶望、畏怖、困惑の目。どこかに、意識が引きずり込まれる。
その寸前で、無理やり意識を引き剥がし、浄力を内側から纏うように発する。
長かったような短かったような、その不愉快な感覚は、綺麗に剥がれ落ちていた。
「こういう事もできるのか」
「チッ」
「卑怯とは言えないわな、人の事を」
「備えの手段だったが、不発か」
「残念だったな」
刀に浄力を乗せ、一気に斬った。
刀を消して、はああ、と息をつく。
「お疲れ」
拳を突き出してくる直に、
「直も、ナイス」
と、拳を当てる。直のアシストは、相変わらず天下一品だなあ。
師匠が、近寄って来て頭を下げた。
「終わったな。助かった。礼を言う」
「師匠、そんな。こちらこそ、ありがとうございました。色々教えてくれて」
「色々世話になったな。楽しかった。司にも礼を言いたいのだが、目的を果たした事で、どうやら、時間切れらしい。よろしく伝えておいてくれ」
「はい」
「現世の男もたいしたもんだ。司も、いい男だ。怜、いい兄を持ったな」
「はい!」
「ん、よくやった」
師匠は笑って、子供にするように僕の頭を撫でると、消えて行った。
「直。師匠って、沖田総司だったんだって」
「うそおおお!」
「首無し侍も言ってたし、本人も認めた」
「なんか、ああ、惜しい事をしたよねえ」
「そうだよなあ」
2人で手を取り合って、心底残念がった。
空が少し、明るさを取り戻し始めていた。
「ああ。今日も暑いんだろうねえ」
「ああ、そこの2人。報告書も書いてもらうし、グラウンドの修復もあるし、銅像も壊れちゃったし、まだまだ用事はあるからな」
現実に引き戻す古参の霊能師の声に、思わず出てしまう。
「ああ、面倒臭い」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます