第135話 首の無い侍(3)対峙
重苦しい空気の中、判断は支部長に委ねられた。支部長は重苦しい顔で、胃の辺りに片手をやって唸った。
「御崎君の意見を採用しましょう。災害級にでも対応できるのが唯一御崎君だし」
兄の眉間にしわが寄る。
その時、部屋に備え付けの電話が呑気な音を立てた。
「はい、どうした。――何!?応援をやる。何が何でも、ただ防御に徹して持ちこたえろ」
どこかに出たらしい。
「どこです」
徳川さんが、端的に訊く。
「警察大学校です」
警察署も交番もしっかりと札で結界を張り、ひとりひとりに札を持たせた。勿論、警察大学校、警察学校も同様だ。
だが、ここは施設に対して結界を張っただけで、個人に札は渡していない。外へ出る事がないからだ。
外の警官は、警察署や交番にいる時は、言わば結界の二重掛けになる。それに比べて学校は、そこに制服がたくさんあって、それが結界で守られている事が、丸わかりということになる。
たまたまここを受け持っていた霊能師は、冷や汗をかいていた。
首の無い侍は、とにかく不気味だった。そして、強かった。実体化してガンガンと結界にアタックをかけてきており、そのうちに結界が破壊されることが、予想されてしまう。
実体化したやつには、普通の浄霊では効果が無い。浄霊と物理攻撃を組み合わせたやり方でないとダメだと立証されており、とにかく、人手がいる。1人でできるのなんて、怜くらいのものだ。
生徒はジャージで、教官は私服で待機している。
結界が、そろそろ本当にまずい。
そう思っていたら、ガラスが割れるように、結界が割れて消失した。
「あ……」
顔などないのに、そいつが、ニヤリと嗤った気がした。
足止めですら、気力も体力も無くて、できそうにない。立ち上がって後ろに向かって走るのも、ちょっと無理な感じだ。体力と気力の問題と、後、後ろを向いた途端、首を刈られそうな予感がするからだ。
タラタラと脂汗なのか冷や汗なのかわからないものを流し、意地で、首無し侍と対峙する。
もうだめだ、と覚悟を決めて、いっそそれなら幽霊になってこいつを押さえてやる、と悲愴な決心をした時、首無し侍が何かに反応して、こちらに向かって来る歩みを止めた。そして、振り返る。
飛来した神威を、日本刀で受け止めていた。
「お前の探してるのは、これだろ。制服マニア」
警察官の制服を着た怜がいた。
首無し侍と霊能師が、同時に歓喜の声を上げる。
本当に、首から上が無い。目線で動きを読むのも、その反対に誘導するのも、どうやら難しそうだ。
「落ち着いていけばやれる」
師匠が、自信満々で言った。その揺らぎの無さが、僕を落ち着かせる。
「はい」
首無し侍がお返しとばかりに刀を一振りすると、誰のものかは知らないが、銅像が上下2つになって台座から落ちた。
「ここは将来、僕の学び舎にする予定なんだ。あんまり壊して欲しくないな。場所を変えよう」
提案し、さっさと運動場へ向かう。首無し侍がこの制服に異常な執着心を見せている以上、追って来るのは間違いないと思う。
予想通り、ついて来た。
真ん中で向き合う。そのまま黙ってお互いを見つめ――、いきなり同時に、トップスピードでぶつかった。それは大方の人間には、気付いたら両者の位置が入れ替わっていた、という風に見えただろう。
白刃が横薙ぎに首へ来るのをやり過ごし、突く。一歩下がった首無し侍を、まだ、まだ、突く。師匠直伝の技である。
首無し侍は心なしか驚いているように見えた。
「それは、もしや」
「喋った!?口が無いのに!?」
僕が驚いた。
「私の弟子だ」
師匠が言うのを聞いた首無し侍は、肩を揺すって大笑いした。
「何と。まさか現世で、お前の技を再び喰らうとはな」
「師匠と知り合いなのか」
「私は、大石鍬次郎。そこの沖田とは、顔なじみよ」
「沖田……まさか沖田総司!?」
「いやあ、何か言えなくて。恥ずかしいじゃないか、持ち上げられて、その後で、それは私ですなんて言うのは」
ああ、なんてこった。僕は沖田総司と暮らしてたのか!だったらもっと、もっと、何だろうな。とにかく、惜しい事をした!
「早く言って下さいよ、師匠」
「すまん、すまん」
師匠は気弱そうに笑うが、それでも、全身から立ち上る気力のようなものは、やはり常人とは違っていた。首無し侍共々、やはり、幕末に命をやり取りしていた人間なのだと、改めて思う。
「大石さん。もう、我々の時代ではないのです。戻りましょう」
「斬首の恨み、新政府軍に払ってもらわねば気が済まない」
「新政府と言われても、明治維新から150年経ってますけど」
「それに……」
無視された。
「やっと面白いやつが出て来たじゃないか」
「弟子と遊びたいのか」
「お前ともな。この時代のやつは、歯ごたえがない」
「武器が違うだけで、やるよ、この時代の人間も。おい、聞いてるのか」
「殺した後で聞いてやる」
首無し侍が獰猛に嗤ったのがわかった。
なんて面倒臭い事を言うやつなんだろう。思わず僕は嘆息した。
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