第133話 首の無い侍(1)よみがえる人斬り
久し振りの現世は、自分の生きていた頃とは随分と違っていて、まるで、違う国のように見えた。
いや、これでどうやって見ているのだろうか。自分でもわからないのだが、斬首されて首が無いというのに、生きていた時のように見えるのだ。
まあ、いい。この自分を斬首したやつらめ、思い知れ。新政府の官吏共の首を、ひとつ残らず刈り取ってやる。
首の無い侍は、どこから出すのか高らかに笑い声を響かせた。
そこへ、警邏中の警官が現れた。
首無しの侍は警官を見て、刀の柄に手をかけた。この制服を着た者が新政府の人間だというのは、昼間に観察してわかっていた。
近付いて来るのを待つ。そして、刀を抜き放った。
自転車の倒れる音が静かな中に響き、警官が倒れ込む。少し離れた所では、何が起こったかわからない内に亡くなったというのを物語るような、平静な表情の頭部が転がっていた。
「あっけないな。つまらん」
首無し侍は憮然と呟いて、どこかへと消え去った。
その猟奇的なニュースに、日本中が、釘付けになっていた。警邏中の警察官が、首を切断して殺される。抵抗した様子もなく、自転車をこいだまま、いきなりである。
道に針金を張って首を落としたんじゃないか。いや、そんなスピードが自転車ででるわけがない。
すれ違いざまに、鋭利な刃物で落としたんじゃないか。いや、そんな物を持ち歩いていたら目立ってしまうし、一刀のもとに斬首するのは、マンガと違って簡単ではない。
その前後の防犯カメラに何かが映ってる筈だ。いや、それらしい人物も車も映っていない。
とにかく不可解で、テレビのワイドショーでも新聞でもネットでも、この事件の話でもちきりだ。
「嫌な事件だな」
僕は取り込んだ夕刊を畳んで、夕食の支度に切り替えた。
師匠は小説を読んでいたが、
「あいつが来たのか……でも、太刀筋が……」
と考え込んでいる。
幕末の侍で、この世に甦って来ようとしている幕末の人斬りを追いかけて来たという。名前は秘密だそうで、腕が立つので剣術指南をしてもらっている為、師匠と呼んでいる。
札の力で実体化しており、我が家で、普通に生活していた。
そうこうしているうちに、兄が帰って来る。
御崎 司、ひと回り年上の兄だ。鋭くて有望視されていた刑事だったが、肝入りで新設された陰陽課に配属されている。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。頭が良くてスポーツも得意、クールなハンサムで、弟の僕から見てもカッコいい、自慢の兄だ。
チャイムと共に玄関に飛んでいく。
「ただいま」
「おかえり」
お互いに、ケガなど異常はないかをサッと目で確認しながら言い、ようやく兄が靴を脱いで上がって来る。
「何もなかったか」
「うん、大丈夫。兄ちゃんこそ、お疲れ様」
「ん、ありがとう」
兄は洗面所へ入って、その後着替え、その間に僕は、夕食の準備を終わらせる。
かつおのたたき、もやしのピリ辛炒め、焼きナス、稲荷寿司、玉ねぎとわかめの味噌汁。焼きナスは、縦に軽く筋目を入れてからトースターででも魚焼きグリルででも焦げるくらいしっかりと焼き、爪楊枝を使って縦に入れた筋目から皮を剥くと簡単に剥ける。この時、水には浸けない方が、水っぽくならないで美味しい。
熱いのを好む人もいるが、我が家ではしっかり冷やして、おろししょうがとかつお節、しょうゆで食べる。
兄がダイニングに入って来ると、師匠と、
「お疲れ様」
「ありがとうございます」
と言い合い、ノンアルコールビールで、2人は乾杯となる。
師匠はこのシュワシュワに最初は驚いていたが、今ではすっかり気に入っていた。
「焼きナスがいいなあ」
「うむ。かつおも、うん、にんにくとしょうゆが好きだなあ」
「塩で食べる人もいるらしいですよ」
「そう言えば、岡田や土佐の連中は塩だったかな」
こんな風に、師匠もすっかりと我が家になじんでいるし、兄と師匠は、時々、兄弟か何かみたいに仲がいいと思う事もある。
「そうだ。急な話だが、来月から兄ちゃんは異動になる。本当なら10月だったんだが、前任者が体調不良で、1月早くなったんだ」
突然だ。警察官は本来異動が多く、キャリアは1、2年が本当らしい。今までは僕のせいで無理を言って事情を通して来たが、とうとうそうもいかなくなってきたと徳川さんが言っていた。
まあ、高校生だもんな。1人暮らしができないとは、言えないだろう。
「それで、どこへ」
「警備部企画課だ。自宅通勤できる」
「良かったーっ!」
ホッとした。
和やかに食事が進む。何となく、このまま3人で暮らしていけそうな気がしていたのだが、それは終焉に近付いていたのだった。
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