第132話 ほたる(4)忘れ得ぬ月

 固まって立つ、生者4人。少し離れて、侍。そして、睨み合うように立つ、中年の男が2人。

「お父さん!?」

 留夏が、片方を見て声を上げた。

「大丈夫か、留夏。それに、梨那さん」

「は、はい。あの……?」

 戸惑ったような2人に、留夏の父親の方が説明する。

「こいつは、梨那さんに怪我をさせて、留夏の帰る場所を奪おうとしたんだ」

「ちょっと待って。この人誰?」

「……さあ」

「通りすがりの霊だ。留夏さんの弱った心につけ込んで、憑りつこうとしたんだな」

 なんでも無さそうに怜が言って、留夏、梨那、宗がギョッとする。

「それを、留夏さんをずっと守って来たお父さんが、防いだんだ」

「お、お父さん……」

 留夏が呆然とし、

「おじさん、あの、初めまして。それとありがとうございます」

と、梨那は頭を下げてあいさつした。

「いやいや、こちらこそ。

 って、こいつは、梨那さんが怪我をしたら、留夏が孤立してますます弱って行くと思ったんだろう」

 もう片方の中年は、悔しそうにうう、うう、と唸るだけだ。

「普段なら大丈夫でも、弱っていると、こんな弱いやつにでもつけ込まれる。

 お前の居場所はここじゃない。早く成仏して、次の人生に踏み出せ」

 軽く浄力を浴びせると、そいつは光って、ふわあと消えて行った。

 そこで、中年2人を縛っていた戒めを解く。

「お父さん!」

「留夏ァ。またこうして話ができるなんてなあ」

 父親は、涙ぐんでいた。

「ごめんなあ、留夏。自分達の事に手いっぱいで、留夏の気持ちを考えてやれなくて。

 ああっと、じゃあ」

「えっ!?」

 消える父親に、全員が慌てた。

「宗!」

「はい!」

 シャッターがきられ、直後に怜が腕を振ると、しまったぁという顔の父親が再び現れる。

「ちゃんと話さないと、後悔しますよ」

「すみません。でも――」

「違う!そうじゃない!私、酷い事言った。どっちか選べなんて困るし、怖くて、悲しくて……死んじゃえなんて。そんな事、思ってもなかったのに。本当に死んじゃうなんて思わなかったのに」

「お父さん、間が悪いんだ。まさかあの後、事故に遭うなんてなあ」

 聞いていた皆は朧気に事情がわかり、本当に間が悪い人だなあ、と思って嘆息した。

「留夏、新しい家族はいい人達じゃないか。お前だってそれがわかっているんだろう。だから苦しくて、出歩くんだろう」

「だって、私が幸せになんてなったらだめだもん。お父さんにあんな事言ったのに」

「バカだなあ。娘の幸せを願わない父親がいるもんか。あれが留夏の本心で無い事も、わかっているし」

 留夏はもう、メイクが悲惨なことになるくらい泣いている。

「梨那さん、留夏をよろしくお願いいたします。それと、斎藤さんにもよろしくと」

「はい、わかりました!」

「留夏、お父さんのことはたまに思い出してくれたら十分だから。な」

「う、うええええん」

「また娘と話せるなんて夢のようでした。ありがとうございました。もう、斎藤さんもいるし、大丈夫です。そろそろ、逝こうと思います」

 父親は、怜と宗に丁寧に頭を下げた。

「わかりました。では、お送りします」

 浄力を浴びせると、父親は光になって、空に立ち上って消えて行った。

「お、お父さん」

「……ホタルみたいにきれいだったわねえ」

「うん。うん。グスッ」

 雲が晴れて、八日月が顔を出した。

 宗はデータを確認して、

「ああ。斎藤とお父さんのツーショット、撮れてるぞ。新学期にでも渡そうか。それとも、データで送ろうか」

と訊いた。

「そうね。データでもらおうかな。

 それと、いろいろありがとう。

 あの、御崎先輩も、ありがとうございます」

「ありがとうございました」

 姉妹揃って、頭を下げた。

「いいえ」

「それと、2学期から、心霊研究部に入れて下さい」

「私も!」

「いいけど、無理に入らなくても別にいいよ」

「幽霊ってこれまでは怖かったんです。お父さんが、怒ってるんじゃないかとか考えて。でも、そうじゃないってわかったから。あの。べ、別に、幽霊が好きなわけじゃないからっ」

「……ツンデレか」

 プッと、宗が吹き出した。

「今夜は、いい月夜だなあ」

 侍が言って、皆で、夜空を見上げた。

 この夜空を一生忘れないだろうと、留夏は思った。




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