第117話 まつり(4)神かくしの山

 皆で、きのこを囲んでいた。

「これを、置いて行ったんですか」

 不審物であるかのように、宗が睨む。

「毒きのこでしょうか?」

 ユキが恐る恐る突いてみる。

「多分、食用だとは思うけど、きのこは難しいからなあ」

 僕も、自信がない。きのこ採り名人でも時々間違えて、中毒のニュースになるくらいだ。

「それより、これって、きのこの妖精の仕業?」

 エリカが言って、皆、黙り込む。2年生は、去年の「わかめの妖精」こと死霊を思い出し、1年生は、2年生の様子に戸惑っているのだ。

「きのこの妖精って、メルヘンですね」

 楓太郎が言うのに、直が首を振る。

「去年の合宿で、竜宮伝説に隠して間引かれた島民の霊が、朝、わかめをコテージ近くに置いて行ったんだ。ボク達はわかめの妖精と呼んだけどねえ。その後、そいつらに殺されかけて、大変な目に遭ったんだよ」

「わかめの妖精……」

 1年生にも、妖精の戦慄は伝わったらしい。

 と、これを持って来たのと同じ気配がした。

「来た」

 僕と直で、入り口へ様子を見に行く。

 悪い感じは無かった。

「どうする?」

「出てみるか?」

 アイコンタクトで相談し、結界から出てみる。

「おお。無事で良かった」

 第一声がそれだった。

「私の力はもう弱くなっていて、時間が無い。だから要点だけを言う。

 私は昨日、チョコレートのお供えを頂いたものだ。祠にあなた達が来たら、何とかここと向こうとの扉を開けるから、祠まで辿り着いて欲しい。私の弱った力では、それが精一杯なのだ」

「あの祠の神様ですか」

「神と言ってもらえるほどの力もない、名も無い小さな存在だ。では、気を付けて。

 ああ、きのこは焼くと美味い。チョコレートのように甘くはないがの」

 そう言って笑うと、スウッと消える。

「怜?」

「うん。神様だな。弱いけど神威があるし、悪意も感じない。信じていいと思う。直はどう思う?」

「そうだねえ。人の良さそうな感じだし、それでいいと思うよ」

 中へ戻ってそれを伝えると、

「お供えって、しておくべきねえ」

「エリカ、ナイス!」

とエリカとユキは手を取り合い、宗は、

「情けは人の為ならず、ですね」

と頷き、楓太郎は、

「戻ったら、またお礼にお供えしましょう」

と目をうるうるさせた。

 僕と直は、

「そう言えば昨日のチョコって、きのこの山?」

「だったよねえ」

と言い合った。


 焼ききのこを分け合い、出発した僕達は、昨日の祠を目指して歩く。

 近付くと、死体が数体立っていた。

「罠じゃないわよね」

「多分違う。あの祠は、現実と異界との扉を開けるポイントだから、やつらが手を回しているんだと思う」

「死体の服装がバラバラだなあ。これまでの、神隠しの犠牲者かねえ」

「かもな。

 祭りの主催者に腹が立つんだが、まあ、仕方ないな。脱出優先だ」

 小声でヒソヒソと話し合う。

「直、皆に防御の札を渡しておいてくれ。あと、空からの脅威は頼む。地上は僕が片付けるから、皆は、とにかく祠を目指すように。何かあっても、止まるな。宗、楓太郎、女子は頼むぞ」

「はい」

「はい」

 直はその傍で札を作っていたが、各々に1枚ずつ渡し、残りを左手に持った。

「行くか」

 まずは先行し、いわゆるゾンビとなっている死体の首を刈る。その後から直達が付いて来て、ゾンビゾーンは終わる。

 次に出て来たのは霊体だが、これは浄力を遠くから当てて問題なく祓う。

 いよいよ祠が目視できる距離になると、それが見えた。

「天狗?」

「天狗だねえ」

 皆で隠れながら、じっくりと見た。

 高い鼻、縮れた髪、葉っぱのような団扇、背中に羽。天狗である。

「今回は俺の勝ちだ」

「何を言う。犬はやられたが、まだ動く死体が配置してある」

「フン。のろいし飛べんし、役に立たんわ。実体のない霊体の方がいい」

「どうだかな。まあ、ここまで来れば、お前と俺、強いのは俺だしな」

「いつまで自分が強い気でいる」

 笑いながら、言い合っている。

「ふうん。あいつらが主催者か、この祭りの」

「へええ。天狗の祭りだったんだねえ」

 一発入れたい。

「直。蔦であいつらを拘束できそうか」

「力とかがわからないけど、とりあえず、最初は驚くと思うよ」

「それで充分だ」

 ヒソヒソと、作戦を立てた。

「行くぞ」

 まず、無防備な感じで前に出た。

「ん?」

「あ、天狗?」

「そうとも。天狗様だ」

 ふんぞり返った天狗2人を直が足元から蔦を這わせて飛べないように拘束し、その間に僕は刀を出す。

「何!?」

 天狗が驚いたところで懐まで急接近し、団扇を持つ手を斬りつける。団扇はすっ飛んで行き、

「ギャア!」

と天狗は叫び声を上げる。

 メキメキと音を立てて蔦を引きちぎろうとするので、ゼロ距離で神威を叩き込む。

 これで2人共、ヘナヘナと崩れ落ちた。

 その間に、エリカ達4人は祠へと到達した。

「空からの脅威はないねえ」

「おい。天狗の仲間はまだいるのか」

「く、くそっ。必ず報復してやる」

「ああ?いたずらしたのはてめえらだろうが。滅してやろうか、今、ここで」

「人間風情が!」

「半分人間やめてるんでね」

「――!?」

「二度としないか?」

「しない!」

「し、しない」

「そうか。約束を破ったら、殺るぞ」

「――!!」

 祠の前にはポッカリと黒いトンネルのようなものが生じており、例の神様がそこにいて手招きしていた。

 そのトンネルへ入る直前に振り返ると、天狗が最後の攻撃をして来ようとしていたので、取り敢えず、神殺しの力を軽くぶつけておいた。これでしばらくは無力だろう。

 僕達は、トンネルに入った。


 昔は、神隠しに遭わないように、山に入る前に手を合わせていたらしい。それがいつしか廃れ、天狗の祭りで神隠しに遭う人が、皆、向こうで死んでしまうようになったらしい。

 僕達はお供えをしてもう一度礼を言い、この祠の事を広める事にした。そうすればこの神様ももう一度力を付ける事ができるだろう。

「合宿って、こういうものだったっけ」

「でも、楽しかったです!」

「勉強になりました」

「無事だったんだし、良かったわ。ねえ」

「今年の文化祭もバッチリね!」

「終わり良ければ総て良しだよ、怜」

「……まあ、いいか」

「あ、顛末記は怜君と直君が書いてね」

「面倒臭いなあ」

 僕は、溜め息をついた。



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