第114話 まつり(1)合宿

  ナップサックが重くて暑い。誰だよ、山で合宿しようなんて言い出した奴は。

 山道を歩きながら、心の中でぼやく。

 御崎みさき れん、高校2年生。去年の春に、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、夏には神殺し、秋には神喰い、冬には神生みという新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「ああ。コテージはまだかなあ……」

 流れる汗を拭きながら、直が言う。

 町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。夏以降直も、霊が見え、会話ができる体質になったので、本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「そこに見えてても道が長いのよね、山は・・・」

 ユキが、へたり込みそうになりながら言う。

 天野優希。お菓子作りが趣味の女子だ。

「そろそろ着くわよ。多分」

 エリカは何度目かのセリフを言った。

 立花エリカ。オカルト大好きな心霊研究部部長だ。霊感ゼロだが、幽霊が見たい、心霊写真が撮りたいと、心から日々願っている。

 この4人が、心霊研究部の2年生だ。

「あ、着いたようですよ」

 宗が言った。

 水無瀬宗。霊除けの札が無ければ撮る写真が高確率で心霊写真になってしまうという、変わった体質をしている。背が高くてガタイが良くて迫力があるが、心優しい、ラブラドールみたいなやつである。

「着いたああ。何か、雰囲気のある建物ですねえ」

 楓太郎がウキウキとして言った。

 高槻楓太郎。入学式直前に事故に遭い、学校に行きたい一念で生霊として登校して来たのだが、無事本体にもどり、今は学校に登校し、うちに入部したのだ。なんとなく、雰囲気がマメシバなやつだ。

 この2人が心霊研究部の1年生で、この6人が、全部員である。

 今年の合宿所として選んだのは、天狗伝説や神隠し伝説のあるこの山のコテージで、この山にある古い神社や祭祀痕、廃ホテルなどを回る予定になっている。

「さあ、入りましょう。荷物を置いたら、夕食準備ね」

 そのコテージはそう大きくもなく、古いのと、駅から歩くしかないというので、値段が安かったのだ。それでもちゃんと、キッチン、バス、トイレ、冷暖房は付いている。

 部屋は、女子で1室、男子で2室とし、荷物を置きに行く。山の頂上より少し下というあたりらしく、木々の向こうに街並みが見えた。

 キッチンに行ってみると、ガスコンロは3つ、オーブンレンジは大型があり、炊飯器、ポット、トースター、ミキサーと、調理器具がそろっているだけでなく、ピザ窯まである。冷凍冷蔵庫は700リットルくらいの大型で、まとめ買いができるようにという配慮らしい。

 このピザ窯を見た途端、皆、カレーからピザへのメニュー変更を希望し、「1日目はカレー」の伝統は、去年の1年だけで終わった。

 ピザ生地は、わりと、簡単に作れる。強力粉、薄力粉、ベーキングパウダーをふるい、砂糖、塩を入れてサッと混ぜ、中央をくぼませてオリーブ油とプレーンヨーグルトを少しずつ入れて混ぜる。大体固まったら手で。打ち粉をしたまな板の上に出してギュッ、ギュッとこね、耳たぶくらいになってツヤが出てきたら、ラップで包んで室温で20分置く。打ち粉をしたまな板の上で、まず手で、続いて麺棒で薄く延ばし、フォークで突いてから220度のオーブンで3~4分下焼きをし、ソースを塗って、具を乗せて、220度で10分程焼けば完成だ。

 カレーソースを塗って、ゆでたジャガイモ、ピーマン、甘辛く焼いた小さめの一口チキンを乗せたもの、トマトソースを塗って、プチトマト、バジル、ウインナーを乗せたもの、マヨネーズソースを塗って、エビ、しらす、カニカマを乗せたものの3種を用意。チーズは複数をブレンドして、たっぷりと。それに、キャベツと人参の千切りに裂いた蒸し鶏を乗せたサラダ、スープカレーが、本日の夕食だ。

 満足したらしいところで、ミーティングをする。

「この山では昔から時々人が消えていて、天狗に攫われたとか、神隠しに遭ったとか言われているそうよ。

 まあ、事故とかで行方不明になったら昔は神隠しと呼ばれていたと思うけど、ここでは、わりと最近でも起こっているらしいわね。山歩きの最中にいつの間にか消えていた、とか」

 エリカが、実に嬉しそうに説明する。

「そのほかに、古い小さな神社とか、廃業して廃墟になった元ホテルとかがあるから、明日はそれを回って、写真を撮ります。宗君、期待してるからね」

「……はい」

 また、文化祭の展示にと狙っているのだろうか。


 夜。一週間で3時間程寝れば済む無眠者の僕は、皆が寝静まった後、明日の準備をし、本を読んでいた。柳田邦男の民俗学の本だ。面白くて熱中していると、不意に、窓の外でガサッと風ではない音がした。

 一瞬、去年の「わかめの妖精」を思い出した。

 しかし、ここにわかめはない。

 普通に考えるなら、泥棒とか、熊とかだろうか。

「熊は、食べたことが無いな」

 そう思ったが、熊を仕留めるのはいくら何でも無理だ。こっちが仕留められる。

 窓から覗いてみたがその正体はわからず、それでも一晩中、位置を変えて、ガサガサとコテージの周りの茂みは揺れ続けた。

 タヌキとか、脅威になり難い動物ならいい。

 とにかく、合宿で死ぬ思いはしたくない。面倒臭い事は御免だ。






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