第111話 待ち合わせ(1)臨海研修

 ジリジリと照り付ける日差しが暑く、潮風は強いが温かい。

 やっと試験が終わった。試験休みだーーと言いたいところなのに、2年生はそうはいかない。臨海研修というのがあるのだ。

「臨海研修なんて面倒臭い。暑い。帰りたい」

 着いた早々、僕は既にウンザリしていた。

 御崎みさき れん、高校2年生。去年の春に、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、夏には神殺し、秋には神喰い、冬には神生みという新体質までもが加わった霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「確かに暑いよねえ」

 町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。夏以降直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「海辺よ。何か出るかも」

 エリカがウキウキと言う。

 立花エリカ。オカルト大好きな心霊研究部部長だ。霊感ゼロだが、幽霊が見たい、心霊写真が撮りたいと、心から日々願っている。

「去年の合宿を思い出します」

 どこか暗い顔で、ユキが言った。

 天野優希。お菓子作りが趣味の大人しい女子だ。

 この4人が部の2年生で、同じクラスでもある。

「あれは、まあ、ね」

 ごまかした。

「まあ、頑張って乗り切りましょう。これが終わったら夏休みよ!」

「でも、なかなかの内容だねえ。きついって聞いてたけど」

 研修のしおりを見ると、1日目は砂浜を走ったり、少し浅瀬で泳いだり。2日目はカッター訓練やビーチバレーで、成績の悪いクラスは追加で砂浜をランニング。3日目は遠泳で、男子は10キロ、女子は5キロ。その後砂浜をランニングだ。

 これを見ただけで、ウンザリとした。夜に花火とか、こっそりと告白とか考えていた面々は、愕然として、次に絞り出すように言った。

「ウチの学校、おかしい」

 僕もそう思う。

 しかし担任が容赦なく、声を張り上げる。

「荷物を置いたら、水着の上に体操服で20分以内に前の砂浜に集合。遅れたら1分ごとに500メートルランニングを追加します。はい、解散」

 僕達は慌てて、割り当てられた部屋に走った。


 12クラスを半分に分け、ランニングと泳ぐのとを、前半、後半で交代してやる。1組は、先に走って、後で泳ぐ。

 炎天下に砂浜を延々と走り、行進をしていると、幻が見えて来る気がした。

 その後の海水浴は、水が冷たいのだけが救いだった。

「先生は楽そうでいいな」

「クソッ。女子の水着を見てる余裕も無い」

 一部男子の怨嗟の声がする。

 毎日走り回っている運動部員は比較的元気だが、明日以降も辛いスケジュールなので、体力は温存するつもりらしい。はしゃぐ人間はあまりいない。

 幸いOBである徳川さんに体力を付けておかないと臨海研修で地獄を見ると予め言われていたので、蜂谷にも体力の無さを指摘された事もあって、以前から体力作りはしておいたのが役に立った。

 ユキはそれでもヘロヘロで、食欲がないとか言っているが、エリカは嫌なくらいに元気で、夜に幽霊の写真を撮りに行こうと執拗に誘って来る。

 それを断っていると、後ろに座っていた隣のクラスのやつが、ポツリと言った。

「そう言えば、海で泳いでる時、変だったんだよな。長い髪みたいなやつが足に巻き付いて、暴れたら外れた、というか、消えたんだ。おかしいだろ。走った後だから疲れたせいかとも思ったけど、この目で、髪が湧くところも消えるところも見たんだよ」

 周りが、シンとした。そして半分が冗談だと笑い、半分が僕と直を見た。

 この研修も、面倒臭い事が起きそうだ。

 







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