第112話 待ち合わせ(2)舟べりを掴む手

 腕が、張る。

 手漕ぎ短艇ボート、カッターといい、2列に並んでオールを漕ぐボートだ。これが、疲れる。左右のバランスが悪いとボートは真っすぐに進まないし、波のせいで上手く漕ぎにくい。ひたすら腕に来る。

「午前中は腕に来て、午後はビーチバレーだから足に来るんだな」

「良くできたシステムだな、クソッ」

 同じグループの2人が言う。

 その通りだ。7組以降はこれが反対で、どっちがましか、不毛な比較をしていた。結論は、どっちもどっち、辛いのは一緒、だ。

 練習が終わり、最後にクラス対抗のレースとなる。追加ランニングがかかっているので、急に皆やる気が出て来る。

 スタートの合図と共に、カッターが出る。

 進むのは似たり寄ったりと言っていい。問題は、次のカッターが時間のロス無くスタートできるかだろう。実際に、これで開きが出始めた。

「死ぬ気で漕げええええ!!」

 どのクラスも、声を張り上げ、死ぬ気で漕ぐ。

 1組は、際どい位置だ。今をキープできればマラソンは無し。抜かれればマラソン。だが、最終組は、1組の僕達は見事にインドアグループ。3組は柔道部、山岳部、水泳部などの運動部員が揃うグループ。余裕がなければ、まずいだろう。

「リレーだから連帯責任なのに、どうしても責任がかかるんだよねえ」

「ああ、面倒臭い」

 前のグループのカッターが近付いて来るのを待つ。ロスが出ないように、ラインから下がったところからタイミングを計って漕ぎ始め、ラインに前のグループのカッターが入ったところで上手くこちらもラインから飛び出す。

 僅差で、勝っている。

 が、気配が来た。

 漕ぎながら船べりを見ていると、青白い手が、ガッと海中から現れて船べりにかかる。

「ヒッ!?」

 その近くにいたやつが息を呑むのに、

「手を止めるなあ!

 貴様に構ってる暇は無い、逝け!」

と浄力をぶつけ、散らす。

「――!!」

「――!?」

 これがなによりの力になったようだ。一刻も早くここから離れたいと、それまで以上に死に物狂いで皆が漕ぎ出し、気付いたら、他の2つを抜いて、2位だった。

 しかし、喜びの声、称賛を浴びながら、グループの皆は怯えた顔をしていた。

「な、なあ。今、何かいたよな。それとも気のせいか」

「……心配はいらん。今のやつはもういない」

 それでホッとしているやつらを横目に、カンのいいやつは、

「今のやつ、は?」

とか呟いているが、放って置こう。引き寄せられてくる害意のない雑霊の果てまで、きりがない。

「それよりも、午後のビーチバレーだよねえ。3位までに入らないと、ランニングもあり得るんだよねえ」

「4組にはバレー部レギュラーが3人もいるし、6組には運動神経のいいやつがゴロゴロしてるからな」

 それで、また皆の間に緊張が走る。

「まあ、ゆっくりと今は休んで、午後に備えよう」

「無駄な体力の消費は禁止だ」

 どこのクラスも、罰のランニングを免れたいので、必死である。

 昼食の為にホテルに向かいながら、僕と直は、チラリと海を振り返った。

 昨日隣のクラスのやつが遭った霊は、今は気配がない。でも、いなくなったりはしていないだろう。


 午後のビーチバレーは、1点がどちらかに入る度に選手が交代していく方法で、クラス対抗戦をする。どのクラスも死に物狂いなのだが、午前中の疲れが腕に来て、なかなか辛い。

 今日と明日は近所の人達にとってもいい娯楽になるらしく、朝から見物人がたくさんいる。これも、徳川さん情報の通りだ。

 そしてその見物人には、生者だけでなく、たまに霊もいる。例えば、海から顔を半分出しているやつもいれば、船べりに手をかけたような雑霊、浜の方にいるずぶ濡れの青い顔のやつ。いまのところ、悪意は感じない。どのクラスが勝つか賭けをしている霊など、完全にお祭り気分だ。

「見えない人はいいな」

「同感だねえ」

 僕と直の相手は、打ったボールがラインを出て、僕達は何もせずに1点もうけた。ただ、コートに入り、構え、終わった。楽である。

 ホッとしてクラスの所に戻り、座った時、海の方で気配が動いた。

 例の髪の毛のやつらしい。

 が、何をするでもなく、ただ、こちらを見ている。

「面倒臭い事は御免だぞ」

 祈りが通じたとは思えないが、それは、静かに消えて行った。

 だが、まだもう1日、研修はある。

 







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る