第106話 黒き復讐者(1)カラス、来襲

 公園だろうか。カラスが木の枝に止まって、頭をクッ、クッと動かしながら、下を見ていた。少し離れた地面の上には数羽の鳩がおり、ジッとしている。

 と、カラスがいきなり羽ばたいて、鳩のグループに襲い掛かった。鳩は慌てたように羽をバタバタさせ、首を前後に、体を左右に振って、ヨタヨタと逃げ惑う。その中で一番遅かったのか、狙いを付けられていたのか、一羽の鳩がターゲットとなって追い回され、くちばしでつつかれ、両足で圧し掛かられる。

 他の鳩が遠巻きに近付こうとした。助けようとしたのだろうか。

 それに対し、カラスは、片足を鳩に掛けた姿勢で羽を大きく開いて「ギャーッ」と威嚇し、仲間の鳩を寄せ付けない。

 そして、くちばしを、足の下の鳩に突き立てた。


 動画を見終わった後、

「うわあ……。カラスと鳩って、こういう関係?」

と、僕は呻くように言った。

 御崎みさき れん、高校2年生。去年の春に、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、夏には神殺し、秋には神喰い、冬には神生みという新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「よっぽど空腹なら、他の動物とか卵とかを襲うらしいよ」

 直も、えらい動画を見たと言わんばかりの顔つきだ。

 町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。夏以降、直も霊が見え、会話ができる体質になったので、本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「怖いなあ。アオは大丈夫か?」

「気を付けないとねえ。アオを飛ばすのが怖くなるよねえ」

 直は、家で待つインコのアオを思って、ブルッと震えた。

 学校帰りに商店街でくるみとイチゴを買って来たところなのだが、直が話題の動画とやらを小耳に挟んで、それを見たのだ。

 巣作りや子育ての時期には特に凶暴になって人にも襲い掛かる事も、コンビニのビニール袋などを取ろうと襲い掛かる事も聞いてはいたが。

 ん、コンビニ袋?八百屋でイチゴを入れてくれたのは、コンビニ袋と同じような袋だな。

 そう思った時、静かな殺気のようなものを感じて体を捻った。黒い何かが、斜め上から真っすぐに突っ込んで来ていたのを、それで偶然躱す事となった。

「うわあ、怜!カラス!」

 直の慌てる声と、近くを歩く通行人の悲鳴が聞こえた。

 が、既に、僕とカラスの戦いは始まってしまっている。

 再び向きを変えて襲って来るのに、カバンを振って牽制した。

「これは兄ちゃんのだ。貴様にやるイチゴとくるみは無い!」

 言い切って、殺気をぶつける。

 するとカラスは、「ギャッ」と鳴いて飛びあがり、上空に逃げて行った。

「ふん、勝った」

 渡してたまるものか。


 マスカルポーネチーズに刻んだくるみとメイプルシロップを入れてよく混ぜたもの、茹で卵をマヨネーズであえたもの、レタスとハムとチーズとトマト、グリルしたナスとモッツアレラチーズとレタス、サンドウィッチはこの4種類だ。大皿に、ローストチキン、レタスとりんごとジャガイモのサラダ、一口カレーコロッケ、バジルとトマトソースの一口包み揚げを盛り、ナス、プチトマト、玉ねぎ、ズッキーニ、パプリカのカポナータを各人に。それとデザートにイチゴ。

 マスカルポーネのサンドウィッチは甘いので、デザートサンド的な位置になるが、くるみの歯ごたえが面白い。カポナータは火にかけて放って置けるので、意外と楽だ。

「ごちそうだなあ」

 今日は、兄の上司である徳川さん、兄とコンビを組む沢井さんが遊びに来ていた。

「いただきます!

 ん、かしわ、美味しいですね!家でおふくろが焼いたら、いつもパサパサしてたから、かしわってそういうものだと思ってました」

 かしわとは鶏肉のことである。肉を広げたら柏の葉に形が似ているからと言われている。

「先に、香辛料のほかに、少しの砂糖と料理酒を擦り込んでおくと保水になりますよ。他には、ヨーグルトをもみこんでもいけますよ」

「へええ。今度教えてやろう」

「お母さんにかい?」

「母と、その、彼女に」

 交際は順調そうだ。

「彼女、料理は?」

「レトルトや冷凍食品を温めたら、料理したと言い張ります」

「おお……」

 全員、微妙な顔になった。話題を変えよう。

「動画、見ました?カラスが鳩を襲ってるの。話題らしいけど、あれは嫌ですね。ジッと撮影してる撮影者がいやだな、何か」

「ああ、あれか」

「弱肉強食、自然の摂理とか言うけど、あれはねえ」

「何か、あれをジッと撮影してる撮影者が嫌だな、僕」

「ああ、わかります。楽しんでるのか、って感じで」

「話題の動画か。モラル無視で配信するやつっているからなあ。事故とか起こって助けを求めても、カメラを回すのを優先させる世の中にならない事を祈るよ」

 それが、皆の総意だった。




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