第105話 傘(4)そして、折り畳み傘を買う

 暗くなり、雨はどしゃ降りになった。

 仁科さんは、そこに晴人さんがいると聞いて、そのまま失神しそうになっていた。晴人さんは部屋の隅で、楽しそうにパソコン雑誌を読んでいる。

 雨の中を兄達が聞いて来てくれたことによると、あの傘は、晴人さんからの最後のプレゼントだったらしい。一見無地の臙脂だが、水に濡れると、地模様で花と猫の図柄が浮き出て来るとか。

 事故の直前、陽奈さんは何かを探し、見つけたように走り出して誰かを追いかけ、そして車にはねられたのが目撃されている。

「ばかだなあ。傘なんかの為に死ぬなんて。

 ああ。傘をプレゼントなんてしなければ良かった」

 晴人さんは悲しそうに俯く。

「それだけ、大事だったんだよねえ。追いかけて行くほど」

「それに、傘が支えになったのも事実でしょうし、車が左折する時に確認不足だったのが原因です」

 会話の全容がわからないまでもなんとなく察した仁科さんは、

「すいません。俺のせいです。すいません」

と、晴人さんに土下座している。

 やがて、時間が経ち、夜中になった。

 水の気配が近付く。ポタリ。ポタリ。と。

「わァたァしィのォ」

「すみませんでした!」

 仁科さんが全力の土下座をする。

「そんな大切なものとは知らず、勝手に借りて、無くしてしまいました!本当に申し訳ありませんでした!」

 陽奈さんは、ワナワナと震え、次に、泣きそうになった。

「ひィどォいィ!」

 晴人さんがそこで、部屋の隅から立ち上がり、陽奈さんはビックリした顔をした。

「まあ!」

「陽奈。彼も謝ってくれたし、もういいだろう」

「ううん。だって」

「陽奈」

 僕と直と仁科さんは、甘える幽霊を生暖かい目で見守った。

「わかった」

 やっと陽奈さんの機嫌が直り、晴人さんも明るい笑顔を浮かべる。

「大丈夫。そこは晴れています」

 言うと、2人はニッコリと笑い、手をつないだ。

「お騒がせしました」

「いえ!俺が悪いんです、すいませんでした!」

 2人は肩を竦めて、

「傘を勝手に持って行くのはいけませんよ」

と言い残し、光になって消えて行った。

 仁科さんは呆けたようになっていたが、やがて、

「折り畳み傘、買おう」

と呟いた。


 雨がやみ、ようやく梅雨が明けたらしい。セミがこれでもか、これでもかと鳴いて、暑さが増す。

 コンビニ前のベンチでアイスを齧っていると、協会から電話が入った。

「日傘を探す女の霊が出たようだ」

「……面倒臭い」





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