第90話 ずっと一緒(3)門出

 警察の聴取から解放された時には、昼を過ぎていた。河西先輩は貧血を起こしたようになっていて、驚いたせいだと言い訳して家で安静に寝ているが、野沢先輩がエネルギーを使ったせいだ。

「ただでさえ、憑いている事でエネルギーを吸い上げるのに、野沢先輩が何かすれば、それが余計にひどくなりますよお」

「その分、しっかり栄養をとるわ」

「河西先輩を助ける為と言って、手段を選ばないのも問題です。あの運転手は寝たきりになるかも知れないし、へたをすれば、ベビーカーの親子がはねられて死んでいました」

「大丈夫だったじゃない」

「危険な状態だというのは理解して下さい」

「美紀香は助けてくれたのよ。放って置いて」

 何も聞こうとしない。言うだけ無駄なだけでなく、意固地になりかねない。

「それとなく見ておくから」

 そう言う九条先輩に後を任せて、僕と直は、先輩達と別れた。

 京香さんに相談してみたいところだが、京香さんは数か月前から京都で再修行中である。

「困ったなあ」

「精神科のカウンセラーの出番じゃないかなあ」

 まさしく、そうだ。

「今日は興奮して、話もできそうにないし、また改めて行くしかないな」

「そうだねえ」

 取り敢えずそう言って、各々家へ帰ったのだった。


 翌々日、今度は九条先輩が目の下に隈を作って現れた。表情も、強張っている。

「あんなイヤな子だと思わなかったわ」

 第一声が、それだった。

 体調を気遣い、最初は河西先輩もそれに感謝しているようだったらしいが、急にイライラをぶつけ出し、嫌味を言ったり偉そうにしたりし、我慢の限界がきて出て来たそうだ。

「それは、お疲れ様でした。大変でしたね。

 それはそうと、野沢先輩ですが」

「ええっと、自己中心的な所があり、自信家。河西先輩とだけは仲が良かった。これで合ってますかあ」

「その通りよ」

「なら、河西先輩は野沢先輩の影響を強く受けているんでしょう」

 九条先輩はハッとしたように、口元を押さえた。

「そのせいなの?どうしよう。放り出したりして、悪い事したわ」

「河西先輩が戻った後、また仲良くすればいいんじゃないですか」

 それよりも、河西先輩だ。野沢先輩は、河西先輩から祓われないように、河西先輩が自分以外の誰かと仲良くならないように、河西先輩を操っている。

 このままでは、例えなんとかエネルギー吸収をコントロールできても、河西先輩が社会から孤立する。

 そして、野沢先輩が感情のまま力を振るったら、いずれ大きな問題を起こすだろう。

「剥がすしかないな」

「保護者の同意が必要だよ」

「今すぐ取ろう。

 九条先輩、河西先輩のご両親と連絡は付きますか」

「ええ。電話番号を聞いてるわ」

 急いだ方が良さそうだった。


 河西先輩は、マンションで1人座り込みながら、ボンヤリとしていた。

 どうしてあんな事を言ったのか、折角心配してくれたのに、と反省していたが、これでいい、これで誰も邪魔しない、とも思い、わけがわからなくなっていたらしい。

「先輩、お加減はどうですか」

 河西先輩は顔を上げてジロリとこちらを見やると、口角を吊り上げた。

「順調よ」

「そうですか。でも残念ながら、このまま見過ごすわけには行かなくなりました」

 直も、札の準備を完了させた。

「どうしてそんなにうるさいのかしらねえ。

 あと1日もあれば行けたんだけど……いえ、いけるかしら」

 河西先輩はふらあっとキッチンへ行き、文化包丁を手に取った。

「それが、目的でしたか」

「そう。私と違って真樹奈は生きているもの。いくら追い払っていても、私以外に大切な友達を見つけてしまう。だから、私が真樹奈にくっつくんじゃない。真樹奈が私についてくればいいのよ。ね、完璧」

 ニタアと笑い、包丁の刃先を自分の首に向ける。

 だがそれは、はねさせてもらう。右手に出した刀で包丁を弾き飛ばす。

「包丁を、そんな事に使うな。罰当たりめ」

 と言い、浄力で、河西先輩から野沢先輩を弾き出した。

「やめて、御崎君。美紀香は寂しいの、ずっと一緒って約束したから、私はこれでいいの」

 予想通りに言い募る河西先輩に、直がペタリと、見えるようにする札を貼る。

「本当に?」

 河西先輩は振り返り、自分のすぐ後ろにいる野沢先輩を見た。

 顔面が半分陥没し、片腕は取れそうにブラブラしている。しかしそれよりもショッキングなのは、執着心と、生者への妬みとにギラつくその目だった。

「美紀香?」

「ヨーコーセー。マーキーナアアー」

「ぎゃああ!!嫌っ!!」

 河西先輩は叫んで、野沢先輩から離れようとする。

 それを見届けて、野沢先輩を斬った。

 しばらく、河西先輩は放心していた。

「野沢先輩も、突然の事で混乱していたんだと思いますよ。その・・・」

 どうしよう。友人関係がトラウマになったりしたら。

 しかしその心配は杞憂だったのか、ドアの外に待機してもらっていた九条先輩が入って来るのを見ると、わんわんと泣いて、抱きついて行った。

「良かった」

「人間不信になられても困るからねえ」

 僕と直はホッと息をつく。

「本当にありがとう、御崎君、町田君」

「どうもありがとう。

 あ、料金」

「いいですよ。今回は卒業祝いに」

「新しい門出に」

 先輩2人は笑った。

 やっぱり新しい出発には、笑顔がいい。






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