第91話 透明人間(1)マメシバ
久しぶりのお弁当である。バジルご飯に、小がんも、じゃがいも、こんにゃく、桜型の人参、玉ねぎの煮物、ほうれん草の胡麻和え、ひじき大豆、うずら卵のスコッチエッグ、サラスパサラダ、アスパラのおかか和え、プチトマト。
僕は
「おお。怜、スコッチエッグかえっこしようよ。ボクのコロッケと」
町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。夏以降直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。
「バジルですか。爽やかな匂いがします」
天野優希。お菓子作りが趣味の大人しい女子で、去年の秋頃までは霊が時々見えていた。
「ごはんにみじん切りにしたのを混ぜるだけ。パクチーとか、色々試してみたらいいよ」
「パクチーか。タイっぽい?」
「カレーライスに合わせてみようかしら」
「ちょっと、ちょっと、ちょっと!人の話聞いてる!?」
エリカが話の軌道修正をかける。
立花エリカ。オカルト大好きな心霊研究部部長だ。霊感ゼロだが、幽霊が見たい、心霊写真が撮りたいと、日々心から願っている。
これが我が心霊研究部の全メンバーで、全員2年生、それも同じクラスになった。
「聞いてるわよ、エリカ。新入部員の勧誘でしょ」
「そうよ。文化部代表の座を目指すのよ!予算アップの為に!」
「面倒臭い」
「怜君、頼むから」
「備品もこれでいいから、のんびりしたい」
「協力して!サーモカメラとか暗視カメラとか欲しいの!」
「流石に高校の部活動で、それは無理だよぅ」
「ううう。とにかく、オリエンテーリングでクラブ紹介はしないといけないんだから。会議行ってくるわ。ユキも付き合って。怜君と直君じゃ、援護射撃してくれそうにないわ」
バタバタとエリカとユキがお弁当を片付けて部長会議に行くと、僕と直は、お弁当を広げていた中庭の噴水のヘリで、少し離れた所にしょぼんと座るもう一人を見た。
新一年生らしく、制服も上履きも新品で、顔つきもどこか幼く、マメシバみたいなやつだ。
気弱そうな笑みを浮かべ、ペコリと頭を下げる。
「先輩、ですよね。お邪魔してしまいましたか。すみません。ぼく、1年2組の
「大丈夫だよ。ボクは2年1組の町田 直」
「同じく、御崎 怜だ。どうした」
楓太郎は少し困ったように笑うと、言葉を選ぶように話し始めた。
「何か、クラスでなじめないんです。中学までは静岡にいたから知り合いもいなくて、それでかなあ、とも思ったんですが……。
タイミングが悪いのか、声が小さいのか、話しかけても誰も返事してくれなくて。その内、先生も出席でぼくの名前を呼ばなくなっちゃったし、席はあるんだけど、プリントも回って来ないんです。何か、透明人間になったみたいに。
ぼく、何かしちゃったのかな」
そして、涙ぐむ。
僕と直は顔を見合わせた。
「ああ……元気出せよ。皆悪気は無い筈だぞ」
「そうそう。そんなに落ち込まないで、ね」
「あ、ありがとうございます。
あの、もしかして、そのバッジは霊能師バッジですか」
「え、ああ、そう」
「いいなあ。霊能師は無理だけど、ぼくも手に職を付けたいなあ。簿記とか」
「簿記か。悪くないな」
「でしょう。後は、会計士なんかを考えてるんですよ」
「企業で活躍の場はあるかも知れないねえ」
「将来的には独立して事務所を構えるのもありだな」
「でしょう。
そうですよね。ぐずぐず泣き言言ってる暇は無いんだ。ぼくはすぐにめそめそして落ち込んで、始める前から挫けてしまうところがあるんですよ、昔から。
ありがとうございました。ぼく、もっと積極的に話しかけてみます」
「あ――!」
「……行っちゃったねえ」
「……ああ……」
伸ばした手は力なく下ろされた。
桜ご飯に目を細め、
「春だなあ」
と兄がしみじみと言う。
御崎 司、ひと回り年上の兄だ。若手で1番のエースと言われる刑事で、肝入りで新設された陰陽課に配属されている。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。頭が良くてスポーツも得意。クールなハンサムで、弟の僕から見てもカッコいい、自慢の兄だ。
今日の夕食は、鯛の塩焼き、きんぴらこんにゃく、ひじき、豆腐とあげとねぎの味噌汁、桜ご飯だ。塩漬けの桜花の塩を洗い落とし、酒を加えて炊き込むのだが、春らしいご飯になるのだ。
「その子、その後どうなったんだろうな。
それにしても、まだ新学期が始まったばかりだろう。いじめにしても、早すぎるんじゃないか」
「本当に、皆に悪気は無いんだよ」
「そういう方が厄介だったりするからなあ」
「うん。でも今回に関しては、ちょっと違うんだ。何せ――あああ!独活出すの忘れてた!」
僕はいそいそと、冷蔵庫に独活の酢味噌和えを取りに行った。
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