第61話 琥珀(3)辻本誠人、復活す

 兄共々、隣へ飛び込む。

 先生は客間で仁王立ちになり、京香さんはそんな先生の前で、先生にギッチリと巻き付いたヘビと対峙していた。

「京香さん?」

「琥珀ごと封印しようとしたら、中から出て来て、操り出したのよ。多分、これまでにも下準備はしてたんでしょうね。夢で通ってパスを作っておくとか」

 先生は、立ったまま寝ているような、夢遊病者のような、そんな感じである。

「ねえ、あれ、喰ってくれない、怜君」

「ヘビを?」

「ヘビは淡泊だって言うわよ」

「じゃあ、引きはがして実体化させたら、料理してあげますよ」

「……怜、辻本さん、一休さんみたいな話をしていていいんですか」

「あ……」

「あははは」

 僕と京香さんは、先生に巻き付いたヘビを見た。

 胴が大人の胴体くらいある大きい白ヘビで、牛とかを丸呑みできそうな大きさだ。そして頭の部分は人間の女性で、20代くらいで、派手で、美人ではある。

「私のものだ。誰にも渡さんし、逃がしはしない」

「落ち着いて」

 京香さんは、今日先生が行くかも知れないからと、直謹製の声を聞ける札を持っている。が、ここまで来ると、兄にだって見え、聞こえるだろう。

「お前は何だ」

「私は、そいつの姉よ」

「小姑ですよ。気に入ってもらえないと悲惨ですよ」

 援護射撃だ。

「何。姉か」

「そうよ。京香。あなたは」

「私は……忘れたな。だが、男に捨てられ、絶望して、あそこで死んだ時にあの琥珀を見つけてな。覗き込んだら魂が鱗に入り込んで、出られなくなったのよ。

 そのうちに、この男と運命の出会いをしたと言うわけだ」

 乙女の顔つきになってクネクネと身を揺する。そのたびに、ギチギチと巻き付いた胴体が締まって、先生が苦しそうにした。

「苦しがってるじゃない。離れましょう」

「いや」

「小姑」

「……仕方ないな。少し緩めてやろう」

 少し、緩める。

「弟は、地学バカだし、ファッションセンスないし、付き合ってどうかなあ」

「何かに一途な男は魅力的だ」

「チッ。世の中にはもっとイケメンがいるわよ。例えばほら、これ」

「何々」

 京香さんが開いた女性雑誌を、先生とヘビが覗き込む。

 そこをすかさず、浄力を浴びせて怯ませて引き剥がすと、琥珀に叩き込む。

 京香さんが、

「人の大事な弟に憑りつくなんて、何してくれてるのよこの泥棒猫が」

と、豹変した。

 そして、このまま封印してしまおうと、印を結び始める。

「待って、待って!」

 慌てたのは、ヘビだった。

「やっと出てこられたのに。これからは、恋愛したり、遊びに行ったり、ファッションも楽しんで、色々したいのよ。騙されて捨てられて死んだだけの人生なんていやだわ。結婚したかったのぉ」

 と、とうとう泣き出した。

 兄は、完全に意識を失って倒れている先生の様子を確かめていたが、女2人の言い合いに、何とも言えない顔をしている。

 僕もだよ、兄ちゃん。女の人って……。

「結婚か。私も、合コン4連敗なのよね。私より年下のかわい子ぶりっ子とかが先にいくのはどうして」

「そうよね。納得できないわよね」

 おいおい、意気投合しちゃってるぞ。

「どこかにいい男いないかしら」

「ああ、待って待って待ち続けて、ようやく見つけた愛なの」

「辛かったわね」

「ちょっと、京香さん?」

「背が高くて、カッコよくて、仕事ができて――」

「あとは、収入が良くて、浮気しない人。そんな人、どこかに――あら?」

 京香さんとヘビが同時に兄の方を向く。

「泥棒猫めっ!」

 有無を言わさず、最大威力の浄力をぶっ放した。

「……」

「……」

「さあ、終わった、終わった」

 京香さんは半笑いで

「冗談だからね、あれの気を緩ませようとしただけだから。ね」

と言い訳をし、兄は、

「帰ろうか」

とだけ言って、笑った。


 翌日、先生に調子はどうかと聞いてみた。食欲も戻り、体も軽く、冬休みにはまた山へ行くのだと張り切っていた。懲りないなあ。まあまた、京香さんと呑むのに肴でも作って差し入れるか。





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