第60話 琥珀(2)辻本誠人、語る

 僕達は、ちょっと新鮮な気持ちで部室にいた。

 御崎 怜。今年の春、突然霊が見え、会話ができる体質になった上に、夏には神殺しの、そしてつい最近には神喰らいという新体質を次々と獲得してしまった、新米霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

 僕は、コーヒーを飲んで、直を窺った。

 町田 直、幼稚園からの友人だ。人懐っこくて要領が良く、驚異の人脈を持つ。夏以来直も霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強いが、その前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。

 直は柚子茶を啜りながら、知らない、という風に肩を竦めてみせた。

「先生、コーヒーと紅茶と緑茶と柚子茶がありますよ。どれにしますか」

 ユキが訊く。

 天野優希、お菓子作りが趣味の大人しい女子だ。時々霊が見えていたらしいが、近頃、見えなくなったらしい。

「お茶請けはマドレーヌですよ」

 エリカが付け加える。

 立花エリカ、オカルト大好きな、心霊研究部部長だ。霊感ゼロだが、幽霊が見たい、心霊写真が撮りたいと、心から日々願っている。

 これが心霊研究部の全部員で、全員1年生だ。

「コーヒーを頼めるか。すまん」

 顧問の辻本誠人は、幽霊顧問でいられるからという事でこの部の顧問を引き受けたのだ。ここへ来た事など、これが初めてではないだろうか。

 先生が少し落ち着いたのを見計らって、エリカが口火を切った。

「何かあったんですか」

 先生は怠そうな、眠そうな感じで、コーヒーを飲んで言った。

「校長に言われるんだ。この部へ取材依頼とかが来てるって。どんな活動をしているのかとか、今度は何をするつもりなのかって訊かれて。はあ。困ってね」

「ああ」

 こちらも困った。普段、エリカが何か言い出したり、何かに巻き込まれたりしない限り、お茶とお菓子でゆっくりくつろいでいるのがこの部だ。大体、くつろぐ部室欲しさにやってる部なのだ。

「まあ、ゆったりと、待っているところ?」

 エリカの目が泳ぐ。右手にマドレーヌを持って。

 それより、気になる事がある。

「先生は爬虫類とか飼っていますか」

「いいや」

「この頃、体調はいいですか」

 先生は急に、猜疑心のこもった目をした。

「別に、先生からお祓い料とろうとか思ってませんから」

「そうか。昨日は久しぶりに良く食べられたけど、このところ、怠いし、眠いし、食欲もないな」

 エリカとユキが、小首を傾げる。

「はっきりいってくれないか」

 ふうん。言うぞ。

「ヘビが首にグルグル巻き付いて憑りついてますよ」

「ギャアアアアア!!」

 先生とエリカとユキが、叫んで飛び上がった。

 ほら、嫌がるじゃないか。

 直が、まあまあと宥め、

「付きまとう女性とか、ヘビを殺しちゃったとか、なんかそういうのに心当たりありますかあ」

と訊く。

「ない、ない、ない!」

「ヘビの化石はどうですか」

「そんなもの――あ、鱗の入った琥珀なら……」

「それかな。明日ここへ持って来てくれたら祓いますよ。それか、お姉さんに頼んでもいいですよ。とにかく、早くした方がいいです」

「そうか。金運アップの琥珀だと思ったんだが……。

 しかし霊なんて、こう言っては何だが、本当にいるのか?」

 先生は疑っている。まあ、珍しい反応でもない。

 直は立って、スイと先生の首元から光るものを取った。

「ヘビの鱗ですねえ」

 先生は青い顔で、それをジッと見つめた。


 夕食の支度がそろそろ出来上がる頃、玄関ドアが開いたので、兄が帰って来たと思って、玄関に行った。

「お帰り、兄ちゃ――あれ?」

 兄が、困り顔の京香さんと、グッタリとした先生をお土産に玄関に立っていた。

 御崎 司。ひと回り年上の兄は、若手で一番のエースと言われている刑事だ。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない、自慢の兄だ。偶々なのだが、これまでは裏の警察署の刑事部捜査課に配属されていたのだが、肝入りで新設された陰陽課に配置転換となったのだ。

「ただいま。そこで、貧血を起こして倒れてらしたんだが。顧問の先生だろう」

「ああ……申し訳、ありません。まさか、姉の家の隣だとは……」

「誠人が、昨日は久しぶりに食欲が出たって。それで、お姉さんの料理なら食べられそうだって来てくれたんだけど……御免、あれは見栄なのって言ったら、ガックリ来ちゃって」

「……とにかく中へどうぞ。怜、増やせるな」

「大丈夫」

「いや、そんなわけには――!」

「構いません。さあ」

 頭の中で、計算し直す。

 レバーの竜田揚げ、小松菜とうすあげと桜エビの煮物はこのままでも足りる。シジミの澄まし汁は増やして、カツオの刺身は、薄くしてちらし寿司にしてしまおう。後は常備菜の切り干しでも出すか。

 昼間貧血っぽい先生を見てたら貧血向けのメニューみたいになったけど、却って良かったな。

 手早く準備してテーブルに並べ、4人でテーブルに着く。

「いただきます」

 貧血にレバーはいいが、カツオもいい。刺身の分量しかなくとも、酢飯に錦糸卵、もみのり、甘酢しょうがをのせてカツオを並べたらなんとかなるし、大人のカニカマやほかの刺身を加えたら、簡単豪華な海鮮チラシの出来上がりだ。あと20分早くわかってれば、解凍したのに。

 食後にティラミスとコーヒーを出し、一息つく。恐縮しきりの先生も、開き直ったらしい。今日は顧問としてではなく、京香さんの弟として、という立場だ。

「それで、例の琥珀は」

「あ、忘れてた」

 先生はゴソゴソとポケットから小箱を取り出した。

 黄色い琥珀の中に、小さい何かが閉じ込められている。これが、ヘビの鱗か。

「黄色でヘビ。確かに、金運アップのお守りっぽいわね」

「そう。だから宝くじを供えて、毎晩綺麗に拭いて……ん?何か、鱗が昨日よりも表面に来てるような……いや、そんなバカな。どれだけ磨いたって言うんだ」

 先生は琥珀を見ながら、自分で言って自分で否定しているが、多分、その通りだ。

「琥珀ですか。きれいですねえ。私は鉱石とかに詳しくはないのですが、これが長い年月の作り出した奇蹟の結晶と思えば、ロマンチックですね」

 兄が言うと、先生は嬉しそうに、

「そうなんですよ。地球の長い長い息吹が、琥珀も色んな鉱石も作っていくんです。これは地球の見た夢の欠片なんです」

と、キラキラした目で語り出した。

 ああ。先生、本当に地学が好きなんだな。兄も京香さんも、なんとも温かい目で見守っている。これが先生の素顔か。休みたがりのズボラで地味な先生だなんて思っていてすみませんでした。

 心の中で、謝っておいた。


 その後、今夜は京香さんの所に泊まると言って、2人は帰って行った。

 物凄い悲鳴が聞こえて来たのは、2時間くらいした頃だった。



 

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