第59話 琥珀(1)辻本誠人、悩む

 ああ、どこにいるの。私の愛しい人。逃げるなんて許さないわ。他の女を見るのだって、許すもんですか。ああ、決して、離しはしない。


 辻本誠人つじもとまことは、地学教師であり、心霊研究部顧問でもある。長期休みは鉱石堀りに行きたいし、普通の休日はのんびりと石を眺めていたい。だから、毎日放課後に練習して、休みの日には試合に行くようなクラブの顧問は真っ平だった。それで、「心霊研究部なら幽霊顧問でいいですよ」との甘言に乗り、心霊研究部顧問を引き受けたのである。

 だが、予想外の事態だ。幽霊でいられなくなるかも知れない。

「まあ、あれだ。あの頃は、霊能師協会ができる事も、部員のうちの2人が霊能師の国家資格を取って、こんなに目立つ存在になるなんて事も、まるで予想できなかったからな」

 しみじみと他人事のように言って、大事な琥珀を拭く。これは、今年の夏休みに採掘に出かけた時に、偶然見つけたものだ。中に蛇の鱗のようなものが入っており、金運が上がるのではないかと、宝くじと一緒に机に飾ってあるのだ。

 大体、誠人は霊などに興味はない。姉の京香が霊能師なのだが、子供の頃は姉が虚空に向かってヒステリックに泣き叫ぶ度に、家族中が迷惑したものだ。今それが実在するとか言われても、実際見えないのだから、今更何かが変わるわけでもない。

 ただ、テレビで見た映像は、SFXでないと言うならば、どう解釈すべきなのか、悩むところだ。

「何か注目されているらしいし、取材依頼もあるらしいし、このまま知らん顔ができればいいのに……」

 眉間にしわを刻みながら、誠人は嘆息した。

 その時、電話が鳴った。

「誰だろ。京香?ああ、はい――ああ、何か――いいけど」

 その姉からで、いい肴があるから一緒に呑まないか、ウチに来い、という内容だった。

 あの姉が料理をするとは到底思えない。どこかの土産とか、缶詰とか、そういうものに違いない。だが、たまには行くか。居酒屋などに行くのはあまり気が進まないが、呑みたい気分ではある。

「わかった。今から行くよ」

 電話を切り、誠人は着替えを始めた。


 驚いた。ローテーブルに乗るのは、とろとろの牛すじ煮込み、春巻き、枝豆、素麺のパリパリ焼き、茄子の肉みそ炒め、ままかりで、手作りだった。

「ウソだ」

「私だって、このくらいは、まあ」

「……姉さんの皮を被った別人か?」

 殴られた。

 これがまた、美味かった。そこらの居酒屋で出て来るものとは大違いだ。

「何か、困ってる事があったら言いなさいよ。困ってなくても、来たらいいんだからね」

 焼酎が、鼻から逆流するかと思った。

「……本当に、姉さんなのか」

「あんたねえ。……ああ……その、お隣さんが凄く仲のいい兄弟でね。それを見てると、もう少し姉として何かしてやれないかとか、思ったのよ」

 誠人の姉京香は、これまでおおよそこんな事を言い出す人間ではなかった、と誠人は断言できる。

 やはり、不本意ながら何かが憑りついたとか。部の連中に相談してみるべきか。

 などと京香が聞いたら間違いなく激怒するであろう事を考えながら、誠人は酒と肴と姉との会話を楽しんだのだった。

 しかし、家に戻った途端、温かくもフワフワとした気持ちはしぼんでしまった。

 本棚に並べてあった大量の本が、1冊残らず上下逆さまになって本棚に収められていたのである。


 そしてその夜、夢を見た。

 やたらときれいな女性が、真剣な顔をして言うのだ。

「あなたを離しません。誰にも渡しません」

 誠人は、彼女は欲しいけど、束縛系は嫌だな。鉱石堀りに一緒に行ってくれる人ならいいなあ、と思った。






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