第58話 祟り神(5)右腕、切断
蠱毒で生まれた祟り神。その発想を、どう評価するべきか。純粋に戦力としてみるならば、確かにこれは強い。流石は祟り神といったところか。しかし、祟り神を蠱毒によって人の手で生み出すというのは、人の手に余る、恐れ多い行為なのではないだろうか。
まあ、僕に言えた義理じゃないが。
「隊長。術者を、警察と連携して押さえてもらえませんか」
「うむ。要請しよう。祟り神は、やれるか」
「どうでしょう。でも、やってみます。被害の拡大を防ぐように」
「ああ、札の使い手はこっちに残す。
聞いた通りだ。各人やってくれ」
それで、それぞれが散っていき、本部を置いてある方からは、今頃、警官と追加の術者を乗せた車が走り出しているだろう。
直は、いつもと同じ、愛想のいい笑い顔を浮かべていた。
だから僕も、いつもと同じセリフを口にする。
「面倒臭いことになったな」
「全くだねえ。仕方ないから、とっとと終わらせてしまおうよ」
「ああ、そうだな。ああ、面倒臭い」
僕達は顔を見合わせて肩を竦め、祟り神に目を据えた。
あれから僕も、一応は努力してみた。コピー人形が習得できたくらいなら、できて当たり前だろう。
刃に神殺しを通した刀を抜いて下段に構え、走る。
火の玉は意外と遅くて、避けられる。雷は早いが、神殺しで相殺できる。なので、祟り神は腕を振り回して僕を攻撃するしかないのだ。
伸びてくる腕を、手首で斬り飛ばし、真っすぐに胸に突き立てる。
そんな分り易い位置に、心臓はなかった。
意に介さず僕に掴みかかって排除しようとする祟り神から刀を抜いて、背後に回る。そこで、背中から一閃。
祟り神はクルリと振り返ると、吠えた。手首はもう復活しているし、胸の傷も塞がっていく。
「流石は神様」
掴みかかってくる手をスイとかわしたら、後ろで腕が伸びて反転してくる。それを横っ飛びで躱すと、すかさず直の札が飛んでくるので、空中足場にして飛ぶ方向を上方に変え、もう1枚きた札で、垂直に頭から斬り下ろすように飛び降りる。
2つになった祟り神は、流石にすぐにはくっつかない。すぐに浴びせ掛けた浄力で、片方が消滅、片方が元の形に戻る。
これを繰り返せばいい、と言いたいところだが、小さくなったことで、祟り神の動きがより早くなった。
周囲の札使いは、火の玉と雷の飛ぶ範囲が狭くなったと見て、数人が祟り神の足止めを狙ってはいるのだが、それもなかなか叶わない。2階くらいの身長の体を器用に操って、攻撃をさけつつ、仕掛けて来る。
直のアシストでそれをかわしつつも、このままでは体力が底をつくのは明らかだ。手が欲しい。
と、足止めに失敗した蔦が、僕の足止めをした。後ろにひっくり返る僕のその上に、祟り神が覆いかぶさるように襲って来た。
右腕を思いっきり振ったら、祟り神が上下2つになったので、浄力を浴びせて下半分を消す。
偶然上手くいったけど、危なすぎる。もう一度は無理だ。
上半身が元の形を取り切る前に、至近距離の祟り神を刀で切りつける――が、距離を取る前に仕掛けたいと思ったのは向こうも同じだったらしい。右腕をごっそりと包み込むようにして取り込むと、もの凄い痛みと熱が僕の右腕を襲い、ゴトンという音と共に、刀を握ったままの右腕の肘から先が、転がった。
「――」
何か聞こえたが、もう、考えている余裕も、聞いている余裕もない。
左腕を祟り神に突っ込んで、掻きまわして、振り払う。
祟り神の一部が、飛ぶ。
怒った祟り神が、丸のみにするつもりか、上半身を覆うようにして飲み込んできた。
色々なものを見た。荒れた海、梅、平安時代くらいの衣装の人、野山、戦国の村、実った田畑、空を染め上げるような炎に燃える街、それから、それから、それから――。
入ってくる。溶けようと、ひとつになろうと、一緒に暗く冷たい中に行こうと。
黙れ。うるさい。面倒臭い。口の中にも入って来るからか声が出ない。そこに核があるのに、右腕がないから斬れない。
だから、噛みついた。
後は良く覚えていない。右腕に持った刀を握り直し、横に振り抜く。
祟り神が形を失っていき、やがてさらさらと崩れて消えた。
突然のように、音が戻って来た。インカムからは、
「犯人確保」
だの
「我々こそが」
だのと聞こえてくるし、近くからは、
「怜、怜、れーん!」
「腕は!?あれ!?」
などと聞こえてくる。
右を見ると、腕が生えていた。記憶と変わらない腕だ。ただ、知らない刀を握っている。
そして前方に落ちているのは、これまた腕だ。借りた刀を握っている、僕の右腕だ。
「どうしたものかな。1本余ったけど」
ああ、困ったな。
そして間もなく、熊沢達後南朝派と付いていた術師たちは、皆捕まった。
検査、検査、検査。
「もういいんじゃない?」
これでもかというほどの検査に、僕はウンザリしていた。
「腕が生えたんだぞ?ちょっとやそこらの検査で、もし何か重大なものを見落としていたら……!」
「それはそう思うけど、流石にもう、いいだろうと思うよ、兄ちゃん」
こんな事例はない。医学的に説明がつかない。なので、医者も、他の誰も、大丈夫とも危険とも言えないのだ。まさか、切り落としてしまうわけにもいかないし。
あれから、改めて調査と補修とが行われ、その間、僕は病院で検査漬けだったのである。
腕の事は、ほんの一部しか知らない。広まって、奇人変人ならまだしも、人以外のものに見られるとか、人体実験や解剖されるとか、そういうのは御免だ。
検査結果では、本人の腕と何も変わらず指紋まで前のままだったし、感覚や筋力にも問題はない。ただ、意識すれば刀が出て来るので、これは銃刀法上どうなるのかな、という心配だけはあるが。
「もう、帰ろうよ」
「まあ、これ以上は、なあ」
兄も不承不承、大丈夫と認めた。
さあ、退院、退院。
徳川警視正も津山先生も、わけがわからないなりに、まあ良かったと落ち着いた。
学校は明日までは休校になっており、直は霊能師の仕事が終わると、ここへ来てから家へ帰る。
「洗濯して、掃除して、冷蔵庫の整理もしないとな」
帰ってからの予定を立て始める僕に、兄もようやく帰る準備をしだす。
「れーん。あれ、退院していいの」
直が来た。
「おう、うん。もうする事がないだろ」
「まあねえ。不思議な奇蹟でいいよね、もう」
「それにしよう」
兄は苦笑した。
「明後日からはまた学校だねえ。休校の分、試験休みが無くなるとか聞いたよ」
「そうかあ。ま、仕方ないな」
「それより、皆に色々訊かれるだろうねえ」
「ああ。はああ。面倒臭いなあ」
兄と直はそれを聞いて、ああ、退院だな、と思ったのだった。
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