第57話 祟り神(4)たくらみ

 後南朝の神輿、熊沢は静かに御茶を飲んでいた。

 国会が緊急招集され、いかなる脅しにも屈しないと決定して、それを伝えて来たのは10分前だ。まあ、予想通りではある。だから、あれまで用意したのだ。国民にも被害が出るが、仕方がない。こちらに賛同する国民だけ残ればちょうどいい。

 我らが蠱毒で作り上げた最高の傀儡たる祟り神に、怯えるがいい。絶望するがいい。私がこの国を統べたなら、どこにも負けない強い日本にしてみせよう。あの神が、ついているのだ。

 熊沢は静かに飲み終えると、背後に控える侍従に言った。

「神を、顕現させる」


 陰陽課の徳川さんと兄、霊能師協会理事達は、会議室に集まって、熊沢からの最後通牒であるメッセージビデオを見ていた。僕、直、実力派の古参数名も同席しての、2回目の上映会だ。

「イタイやっちゃ」

 津山先生が吐き出す。

「こんな荒唐無稽な要求に従う事はできません。問題は、その祟り神とやらへの対処に絞られますが、協会としては、どのような見解をお持ちでしょうか」

 徳川さんが率直に訊く。

「正直、これだけではわかりまへんわ。全く、どんな神さんなんか言うてへん」

「やはり、威力偵察ですね」

「そこで、君たちに頼みたい」

 理事が先回りした。

「神、ですからねえ」

 視線が痛い。

「高校生ですよ、そこの2人は」

「協会員です。それも、神殺しと、新進気鋭の札使いですよ」

 徳川さんが、言いかけて、言葉をのむ。

 立ってるものは親でも使え、さっきそう言ったな。

「どっちみち、御崎君でだめなら、かなり勝てる見込みは薄い。総玉砕でしょうな」

 理事が言う。随分と、買ってくれたものだ。

 面倒臭いけど、仕方ないなあ。

「はい、行って来ます」

 僕が言った途端、色んな声が漏れた。

「怜、あのな」

「理事長。これがベストです。

 御崎警視、まさか国家の非常時に、弟さんを優先させるなど、なさいませんよな」

「――!」

 あの野郎。

「おい」

「――!?」

「兄を侮辱するなよ」

 ちょっと神殺しの力を覗かせると、その理事は顔色を失って、視線を逸らせた。

「まあ、行きますよ」

「あ、ボクも行きます」

「直は」

「バカいうなよ、怜。いたずらも冒険もいつも一緒にやって来ただろ。ボクのサポートがどれだけのものか、今更いらないなんて言わせないよ」

「……ああ、そうだな。じゃ、頼むわ」

 視線を逸らす、或いは凍り付く大人達をよそに、威力偵察は決まった。

 解散となって部屋を出て行く僕達に、兄と徳川さんと津山先生が寄って来る。

「怜、わかってるな」

「うん、無理はしないから、兄ちゃん」

「怜君、偵察ですからね、偵察。わかっていますよね。直君もですよ」

「わかってますよ、徳川さん」

「ははは、そうですよう」

「ええか、2人共。安全に、やで」

「先生、安全第一をモットーに行って来ます」

「はい」

「そのええ返事が何や怖いわ……。君らも無茶せんようにな。あんじょう頼むで」

 古参の先輩達は頼もしく笑って、頷いた。


 ソレは、南朝派のやつらのいる邸宅の前方に、彼らを守る盾のように立っていた。高さはビルの3階と同じくらい。粘土で作ったハニワみたいな形で、今は大人しくしている。

 純粋に気が固まって物質化したものという感じで、基本的には、浄霊と同じ手順でいけるのだろうか。

「では、作戦通りに」

 隊長のセリフで、始める。

 直たちが札を飛ばす。が、貼り付いて、燃え上がって剥がれた。

 隊長達が錫杖や薙刀で躍りかかる。が、表面に当たっても、傷が付きもしない。

 神殺しをぶつける。傷が浅く付いたが、端から修復されていく。

 反対に、祟り神の方が反撃してきた。火の玉を手に生み出して投げつける、落雷を起こさせる、腰の刀を抜いて追いかけまわしてくる。

「意外と、素早いですね」

「あれ、反則だろう」

 必死で逃げ、札で逸らし、離れる。

 距離を置いた所で、もう一度集まる。

「追ってきませんねえ」

「向こうも偵察のつもりなんだろう。まだ、全力で潰しに来たわけじゃない」

「どうします、隊長」

「偵察の任務は果たしたな。通用するもの、しないもの。火の玉と落雷の距離はわからんが、そう遠くまでは飛ばせんという事か。

 術者のコントロールではなく自立して動くが、命令は与えられてから動くんだろうな。追え、反撃しろ、みたいにザックリと。

 一旦戻るぞ」

 隊長の指示で、そこを離脱にかかる。

 はずが、そうも行かなくなった。祟り神が、距離を詰めて来たのだ。

「仕方ないですねえ。片付けましょうか。面倒臭い」

 この世は、思い通りにはいかない事だらけである。




 

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