第56話 祟り神(3)後南朝の進攻

 銀あんの下から出て来るタラが、ほろりと崩れる。

「ああ、美味い。あんの味と固さがまた、いいな」

 器にタラを入れ、その上に百合根、銀杏、しめじ、おろした蕪を乗せて蒸し、黄色の食用菊を混ぜた銀あんをかける。それと、ほうれん草を巻いただし巻き卵、ひじき、豆腐と揚げとネギの味噌汁に、牛のしぐれ煮を乗せたご飯。

 久しぶりに浄霊が休みの日の夕食は、やはり心に余裕があっていい。そんな事を思いながら、兄の食べるのを見ていた。

 御崎 司。ひと回り年上の兄は、若手で一番のエースと言われている刑事だ。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない、自慢の兄だ。

「この頃やけに忙しかったな。大丈夫か。家事は分担すればいいんだぞ」

「大丈夫、大丈夫。夜中は時間が有り余ってるんだし、好きだからな」

 いやあ、兄ちゃんは実に美味しそうに食べてくれるし。

「そうか。無理はするなよ、怜」

「うん」

 偶々なのだが、これまでは裏の警察署の刑事部捜査課に配属されていたのだが、肝入りで新設された陰陽課に配置転換になった。これでこれまでのように帰るメールから5分で帰宅、というわけには行かなくなったし、通勤がこれまでより大変になりそうなので、益々、疲労回復にも良い兄ちゃんの好物を栄養バランス良く、食卓に上げるつもりだ。

「このところ、霊関係の通報が多いな」

「うん。協会ができたから一時的に通報が多いのかとも思ってたけど、誰かが、意図的に静まってる霊を叩き起こしてるのかも知れない」

「例の、蜂谷が言ってた件か」

「そう」

 食べながら、考えてみる。

「陽動か、疲弊を狙ったものか、他には何かあるか?」

「穢れを広める、不安を煽る、とか」

 もぐもぐもぐ。

「穢れといえば、あれはどうなんだろう。全国で、木の立ち枯れが広がっているらしいな。ニュースで見た」

「木、枯れ。木枯れ、穢れ、か?いや、駄洒落じゃあるまいしなあ」

「徳川さんも、気にしていたな」

 ついでに、陰陽課トップの徳川警視は昇進して警視正になり、兄も昇進して警視になった。

 驚いた事に、兄はキャリアだったらしい。それなのに、「未成年の弟を1人で放っておけないから」という理由で地方への転勤を拒み、自動的に出世を捨てていたらしい。そんな事情を訴える方も訴える方だが、きく方もきく方だ。余程の弱みでも握っていたのか……?どちらにせよ、僕は全力で兄をサポートしてみせる!

 決意を新たに固めていると、電話が鳴り出した。兄が出る。

「はい、御崎です。――はい――は!?――わかりました」

 硬い表情で、振り返る。

「兄ちゃん?」

「クーデターだ。日本の正当皇室を主張したバカがいる」

「そいつらが、これを仕掛けた?そこに完成した蠱毒は、どうつながる?」

 カラクリの全貌は、まだ見えない。


 一般人には見えないが、そこいらを、霊体がうようよしている。そしてそれが触れると、人や動物なら具合が悪くなり、植物なら枯れる。

 そうならないように、霊能師が至る所を走り、見えない何かに向けて印を結び、錫杖を振り下ろす。

 一般人は、なるべく家から出ないようにして、見えない嵐が通過するのを待つばかりだ。

 霊が溢れているのは幸い日本中というわけではなく、首都に限られていた。向こうもそれだけの人数がいないということだろうし、こちらも、霊能師をあらかた集結させることができる。もしこれが日本中で行われていたならば、霊能師の数が足りなかっただろうから。

 とは言え、酷いものだ。これが今、世界に向けてどう報道されているか、考えたくもない。日本の円の価値、信用、地位、全てが地に落ちかねない。

 それもこれも、こいつらを片付けてからだが。

 印を結ぶ同僚を尻目に、ガンガンと浄力を撃ち放って霊体を浄化していく。

 直も札を次々と放っては、霊体を数体ずつまとめて祓いやすくしたり、空中に足場を作ったり、サポートに忙しい。

 次の班と交代して協会へ休憩に戻ると、AI班が、半狂乱になっていた。

「だめです。回路の中を移動して、好きな時に好きな場所へ仕掛けてきます」

「全部コンピューターを落とすわけにはいかないし、どうすれば」

 お手上げらしい。

 と、いきなり画面に映っていた四つん這いの女が苦しみ出し、引き裂かれるように消えたと思ったら、画面いっぱいにスズメバチが現れた。

「蜂谷!?こんな時に!」

 誰かが慌てたが、スピーカーから蜂谷の声が流れ出した。

『見てられないねえ、全く』

「蜂谷さん、こんにちは」

『おう。しょうがないから、こっちはやってやろうか』

 職員が反発の声を各々上げるが、僕はそうは思わない。

「立ってるものは親でも使え。任せましょう。適任ですし」

『へえ。信じるんだ』

「あいつらが気に入らないって、言ってたじゃないですか」

『まあな』

「キッチリ、駆除してもらいますよ」

『OK、任された』

 蜂谷はモニターを切ったらしく、もう何も言ってこなかった。

「さあて、コーヒー飲も」

「ボク、何か食べようっと」

 文句を言いかけていた職員達だったが、僕達の様子に言う事を諦めたのか、追っては来なかった。

 後南朝といわれる勢力が、自分達の正当性を掲げて、皇室交代を要求しての行為だと説明を受けた。戦後、GHQにも海外メディアにも無視されて、まだ、諦めてなかったらしい。

「これから、何を仕掛けてくるんだろうねえ」

「きっと、間違いなく、もの凄く面倒臭いことだろうな。蠱毒とやらも、まだ登場してないし」

 溜め息をついて、僕は食堂のコーヒーを啜った。





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