第55話 祟り神(2)霊能師、奔走す

 随分寒くなってきた。

「なあ、そろそろ幽霊もシーズンオフでいいんじゃないのか」

 僕は投げやりな気分で言った。

「ヨーロッパでは冬に怪談するんだろ」

「ここは日本だ。郷に入っては郷に従え、だろ」

 直はあははと笑って、溜め息をついた。

 このところ、幽霊の目撃談が多い。単純に、これまでは通報するところもないし、それで終わり、だったのが、協会ができたというニュースを聞いて、ホットな話題だとネットに上げてみた、というだけかも知れない。

 どっちにしろ、浄化依頼が頻繁に来ては、出かけて行くというのには変わらない。

「ああ、この頃寝不足気味だよう」

 直が欠伸をひとつする。

 僕は週に3時間も寝れば済む無眠者だからいいが、確かに普通は、夜にこうも毎晩依頼を受ければ、睡眠不足になりそうだ。

 1人で回るかな。

 考えながら、とにかく今日の依頼だと、そこへ向かう。

「ここか」

 墓地だ。

 何でも、夜な夜な騒がしかったり、光ったり、朝になると散らかっていたりするそうだ。

「誰かが騒いでるだけなんてことじゃないだろうねえ」

 言いながら入って行き、唖然とした。

 踊る人がいる。アルコールを注いで、注がれて、乾杯をする人がいる。怒り上戸、泣き上戸、笑い上戸、説教上戸。いや、人じゃない。幽霊だ。

「これはまた随分と楽しそうな……」

 幽霊の世界でも、忘年会とかクリスマス会とかやるのだろうか……。

「なんと……」

 直は、ガックリと肩を落とした。

「うわあ。頭にネクタイをくくった酔っ払いって、本当にいるんだな」

 僕は、その人にもう目が釘付けだ。

「おおっ、兄ちゃん達。新人かい」

「はあ、まあ」

「こっちにおいで。社会人のルールを先輩が教えてやろう。ヒック」

「その前に、夜騒ぐのは社会のルール違反ですよ」

 僕達を新人会社員か新人幽霊と間違えた酔っ払い幽霊達は、近付いて来てやっと、ギョッとした。

「うわ、生きてるよ!」

「このオフシーズンに肝試しかい?」

「……いえ、僕達霊能師でして、夜な夜なここが騒がしいと通報を受けて来たんですけどね」

「祓いに来たの?……いやああ!」

 辺りは阿鼻叫喚の渦と化す。

 もう直は力なく半笑いで、僕は頭痛を堪えていた。

 ようやく落ち着かせ、あの世で宴会しろと説得し、まとめて成仏させた後は、社会人になったらこういう上司がいるんだろうな、という漠然とした不安を感じた。

「やれやれ」

 衝撃的だったな。

 まあ、愉快で気のいい幽霊ばかりで、手はかからなかったが。

「クラシカルな酔っ払いだったな」

「ある意味、いいものが見られたよねえ」

 僕と直は頷き合って、墓地を後にした。


 翌日は、車の免許のある人と山手の廃校へ行った。

「ここもか……」

 血をダラダラ流した子や腕をプラプラさせた子、ガリガリに痩せた子などが、走り、跳び、玉入れをしていた。

 この学校は戦前に開校した学校で、廃校となって放置されていたのだが、この頃、夜になると騒ぐ声や応援する声がすると、通報がなされたのだ。

 服装や髪形などから、どうやら、戦争で亡くなった子が、ここで運動会を開催していたようだ。

 遊ばせてやりたいのはやまやまなのだが、そういうわけにもいかない。

「ええっと、先生」

 機銃掃射を受けたと思しい国民服の教師に話しかける。

「ここで夜間に騒がれると、まずいのです」

「あなた方は」

「警察からの依頼できました」

「これは、ご苦労様です!」

 先生はピシッと敬礼した。

「もっと、広くて明るくて楽しいところに行きませんか。生徒さんと、飢えも痛みも恐怖もないところへ。もう先生は、十分に働きましたよ」

「そう、ですか。私は、きちんと生徒達を、守れたでしょうか」

「はい」

「良かった」

 先生は泣き、生徒たちを集めると、昔風の校歌を皆で歌い、揃って逝った。

 僕達はそれを見送って、はあ、と息をついた。

「戦後半世紀以上だよ。お疲れ様」

「それにしても、これまでこんな話、聞いた事なかったのにな。まるで誰かが、わざわざ霊を叩き起こしたみたいだな」

「何かおかしいよな」

 得体の知れない、不安がよぎる。

 でも、これが大きな企みか?

 何か、見えていないのでは……。

 漠然と、後手に回っている気がした。


 その翌日は、会社のオフィスにいた。

 午後10時を過ぎて残業していると、パソコンの画面から女の幽霊が現れるという。

 もうすぐ、午後10時だ。眠気を堪えていた直は、ピシャリと頬を叩いて起きた。

「もうすぐだな」

「でもそれって、残業せずに帰れっていう、優しい人なんじゃないのかなあ」

「労働基準監督署の人とかな」 

 冗談を言っている間に、10時になる。

 伝票の入力画面が溶けたようになり、その真ん中から黒い点が近付いて来ると、それは女の頭頂部になり、四つん這いになっている事が見て取れた。そして、手をこちらへ伸ばしてくると、手は画面を突き通してこちらに顕現する。

 その手に札を貼ると、手から全身に鎖が走り、全身へ回ったところで、浄力を流す。すると、女は綺麗に浄化された。

 もし逃がせば、電子の海に逃げ込んでしまうと、報告があるのだ。

 手早く、確実に。

 この現象は、何がしたいのか、よくわからない。案外本当に、早く帰れと言っているのかも知れない。只々、数が多いので、確実に順番に片付けるのが、手間なだけである。

 終わったら、日付が変わりそうになっていた。

「もう、眠い。明日の1限目、何で英語の小テストなんだよう」

 直が泣きを入れる。

「山はわかってるんだろ。大丈夫だ。いける」

「怜。ううう……」

 これ以上続くと、本格的に効率が落ちそうだ。他のメンバーも似たようなものだろう。

 戦力低下をねらっているのか。集中力の低下からの機能不全を起こさせて、そこを突くつもりなのか。

 とにかく、これらが誰かの仕組んだものなのか、そうなら狙いは何なのか。さっぱりわからなかった。








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