第43話 7人みさき(1)祭りの前夜

 7人みさき。または7人御霊、7人同行、7人同志、7人御前、7人童子などとも呼ばれるが、7人組の怪異である。海難事故で亡くなったり、山で水や食料を断られて死んだ武士や山伏だったりと違いはあるが、いずれにしても7人の霊が彷徨い、成仏を目指すというものだ。が、1人取り殺すと古参の1人が成仏できて、殺された者が新しいメンバーになるというものなので、いつまでたっても全員成仏することは叶わず、永遠に彷徨い続けるのである。


 その壺は、小さな祠の中にあった。その祠自体、誰が何を祀っていたものかもわからず、唯一掃除をしていた近所の老婆が亡くなると、放置され、荒れ、存在も忘れ去られた。

 そして、そこへ何も知らない人間が通りかかる。

「明日はそこの高校の文化祭だってな」

「ああ。クラブが多くて、文化祭は派手で賑やかだぞ」

「へえ。覗いてみるか」

 雑談をしながら、1人暮らしの老婆が亡くなって空き家になった家を売りに出す事を頼まれた不動産屋の社員が2人、歩いていた。

 と、コツンと古い小さな壺が、足に当たって転がった。

「ん、何だ。転がってたぞ」

「ゴミかな。端に置いとけ」

 壺を道端に置き直し、また歩き出す。

「女子高生かあ」

「お前なあ、彼女に言い付けるぞ」

「勘弁して下さいよ」

 5メートルも行けば、もう壺の事など、頭の片隅にも残ってはいなかったのである。


 帰るメールが来ると即座に、オーブンを再加熱する。小ぶりの南瓜のわたをくり抜いて、代わりにホワイトソースを詰めてチーズをかけた丸ごとグラタンは、焼き色を付ける手前まで仕上げているのだ。ゆで卵は綺麗に飾り切りしてブロッコリーと並べ、ここには鳥の鍬焼きを加えるのだが、これは、兄が着替えている間に焼く。そしてエビピラフは炊飯器の中だ。

 手順通りに進めていると、玄関のドアが開く。

「ただいま」

 兄、御崎 司、28歳。裏の警察署に配属されている刑事で、若手で1番のエースと言われている。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない、自慢の兄だ。

「おかえり」

 僕は怜、高校1年生。この春突然霊が見え、会話ができる体質になった上、夏には神殺しという新体質までもが加わった、新米霊能者である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に何度も遭っている。

「着替えて来る」

 兄が手洗い、着替えをしている内に、グラタンは焼け、鶏を焼いて盛り付け、山椒を振る。エビピラフは深さのある皿に盛って、テーブルへ。

 ピッタリのタイミングだ。

 揃って「いただきます」をする。

「容れ物ごと食べるのか」

「そう。熱いから気を付けて」

「これは、うん。熱い。熱くて、美味い」

 ホクホクの南瓜とトロトロのホワイトソースがたまらない。その上見栄えもする。

「明日は文化祭だな」

「間に合って良かったよ」

 しみじみと、溜め息をつく。

 心霊研究部の存続のためにどうにか用意した展示物だが、ギリギリまでこれというものがなく、バタバタしたのだ。

「お疲れさん。明日は津山さんも行くんだろう。明日は徳川さんに同行しろと出張命令が来たから、多分、俺も徳川さんと行く事になるだろうな」

「うん、わかった」

 面倒臭い行事ではあるが、明日はそうすることもないので、ゆっくりできそうだ。やれやれ。

 と、そう思っていたのである。この時までは。


 暗くなった坂道を、急ぎ足で降りる。

「遅くなっちゃったな。でもこれで、明日の準備は万端ね」

「楽しみねえ。

 あら?あれは何。仮装行列?」

 生徒2人は、暗い林の中を歩く人影を見た。袈裟のようなものを着た、7人。それが、そろそろと歩いていたのだ。

「どこかのクラスかクラブの何かかな。演劇部とか」

「そうね。どこも最終チェックは大変よねえ」

 2人はそう言いながら、駅へ向かう足を速めるのだった。






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