第44話 7人みさき(2)目撃

 学校中、人が溢れかえっていた。各クラス、各文化部が、展示や模擬店、演劇などの出し物をし、近隣住民や招待客、在校生やOBが、2日かけてそれを楽しむ。

 文化祭の文化というのが何なのかよくわからなくなってはいるが、まあ、これそのものがそういう文化であると言っていいのだろう。

 心霊研究部の部室で展示物の番をしながら、僕は欠伸をかみ殺した。部員4人が順番で2人組になって番をするのだが、そう入場待ちがでるほど満員御礼というほどでもなく、ガラガラというわけでもなく、いい加減に暇だ。展示している心霊写真やトリックを使った似非心霊写真の解説、有名な幽霊話の成立背景、幽霊が出てくる小説の紹介などを盛り込んだ冊子を出口で販売しているのだが、買って行く人は意外と多かった。

 利益が出たら、ガスの卓上コンロが欲しい。でも火気を勝手に置いてはいけないんだろうか、消防法とかそういうもので。だったら、小型冷蔵庫がいい。いや、真冬の寒さをまだ知らない。電気ストーブとかの方が必要そうだろうか。

 内心の葛藤をよそに、淡々と冊子を売っていく。

「冊子、完売するんじゃないかなあ。いやあ、良かった」

 そう隣でホクホク顔なのは、町田 直、幼稚園からの友人だ。人懐っこく、要領がよく、驚異の人脈を持っている。最近直も、霊が見え、会話できる体質になって、僕としても本当に心強いが、前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。

「それにしても、女子が多いな」

「まあ、こういうのって、女子が好きなんじゃないかなあ。あと、占いとか」

「そういうもんか」

 客の8割が女子で、なぜか多くの人が、チラチラとこちらを気にしている。冊子の販売場所の設定ミスか。それとも、値段が適正でなかったのか……。

「今日の運勢だって」

 直がスマホを見せてきたので覗き込む。

 と、急にザワザワとしたりスマホを取り出す客が続出した。小声で話していたつもりだったが、声が聞こえて、自分も運勢が気になったのだろうか。

「なるほど。占い好きなんだな、女子って」

 目の前のこの現象に、納得した。

「なかなかの盛況振りですね。あ、一冊いただきます」

 またも売り上げに貢献してくれたのは、徳川一行。キャリアのエリート警視ながら、どうも変わった人だ。心霊関係の事件が頻発したのを受けて、専門部署の立ち上げを発案し、発足に漕ぎつけ、自らその責任者になる予定の人なのだが、飄々とした感じで、うちにも気軽に遊びに来たりする。

 ここのOBでもあるそうで、今日も、文化祭と聞いて、来校してくれたのだ。兄をお供に。

「ありがとうございます、徳川さん。何とかなって良かったです。700円です」

「俺も貰っておこうか」

「ありがとう、兄ちゃん!」

 あ、またザワザワしてるな。

 はっ。身内で融通してるとか思われてるのか!?

「700円です」

 しっかりと、代金を受け取る。

「ゆっくり見て行って下さい」

「ありがとう」

 2人が離れて行く。

 と、今度は津山先生と京香さんが来てくれた。

 京香さんは僕の家の隣に住む先輩霊能者で、僕と直の師匠。津山先生はその京香さんの師匠にあたる人で、この世界の大御所と言われている霊能者だ。

「先生、京香さん。来てくださったんですか。ありがとうございます」

「おかげさまで、なんとか間に合いましたあ」

「ははは。祭りは参加せなな。楽しましてもらうわ。

 どんな風にまとめてるんか、楽しみや」

 津山先生は、出来栄えを採点してくれるらしい。

「楽しそうな毎日を送ってそうねえ。ああ、高校生の頃が懐かしいわ」

「でも、京香さん、戻りたくはないでしょう?」

「当たり前よ。飲めなくなるじゃないの」

 真顔で即答する京香さんは、漢らしい。

「この、SGK28っちゅうんは、アイドルなんか」

「合唱部の女子が28人で、アイドルみたいな舞台をやるんですよ。センターがソプラノのスター格で、独唱なんかはいつもこの先輩がするそうですよ」

 直の情報が出た。

「ほうう」

「ね、ね、カッコいい独身の男性教師はどこかの出し物に出てないの」

「カッコいいかどうかは主観だからなあ。取り合えず、うちの顧問は独身だよ。地学担当、辻本誠人先生。

 京香さん、先生も辻本なんだけど、関係ある?」

「……弟だわ、それ」

「ああ……」

「そう言えば、似てなくもないかな」

 先生の、地学以外に興味がなくてちょっとズボラなところと、京香さんの、片付けと料理に興味がなくてちょっとズボラなところが……。

 津山先生も知っているのか、4人でちょっと微妙な顔になる。

「京香、大人しいしといた方がええんちゃうかな」

「そうですね」

 気合を入れて身支度してきたと思しき京香さんはガックリと肩を落とし、2人共冊子を買って、中を見て回り出した。

 残念な何かを振り払おうと目を戻した時、また、見知った顔を発見した。

 女子ばかりのグループの一人が、直の妹だった。

「あれ、はれちゃんじゃないか」

 子供の頃は一緒に遊んだものだが、もう随分と会ってない。

「大きくなったな」

 懐かしい思いで言ったら、なぜか直は視線を彷徨わせてブツブツ言っていた。

「そうか、そういう事か。それで朝から女子率が高くて、やたらと視線を集めてたんだなあ」

「直?」

「晴は、腐女子になったんだ。あのグループは間違いなく、皆そうだぞ、怜」

「婦女子?ふうん?」

 筆談でなかったので、通じていなかった。

 グループで小声で何か言いあっては、実に楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうにしていた。まあ、元気そうで良かった。

 晴たちはもれなく冊子を買ってくれて、出る時にコソッと、

「そう言えば、来る時に下の方で、変な仮装行列してたけど、あれ、お兄ちゃん達じゃなかったんだ」

「仮装?演劇部か?」

「んん、7人のお坊さん、かな?だから、7人みさきの仮装で客引きしてるのかと思ったんだけど。考えてみればそんなに部員いないし、その必要もないね」

「そうだな。そんな面倒臭いことして、わざわざ忙しくなる気はない」

「怜、ぶれないねえ」

 晴ちゃん達が出て行くと、表情を引き締めた津山先生と京香さんが足早に寄って来た。

「まずい事になるかも知れんで。今のがほんまやったら」

「まさかあ。……ねえ?」

「……面倒臭いのは勘弁してほしい……」

 心の、叫びである。



 

 


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