第24話 竜宮城(3)バー乙姫

 洞窟か、空気があった。気が付けば浅場に座り込んでぼんやりとしていて、滴る水滴が肩に垂れて、ハッと我に返る。他の3人も同様で、落ち着かない思いで辺りを見廻した。

「ここ、どこだ?」

「まさかあの世──」

「ヒイイ!」

「違うから」

 エリカのウッカリに怯えきるユキだが、どうにか、生きていると納得したようだ。

「もっと早く気付くべきだった。僕のミスだ、悪い」

「そんなわけないだろう」

 言いながら、取り合えず浅瀬から岩の上に上がる。

 そこは岩に掘られたトンネルのような所で、背後は海水の下に潜って行っており、行き止まり状態だ。水から上がったもう片方は、続いているのだろうが、薄暗くて先は見えない。

「進むか」

「こっちだよな」

 先に目をこらせてみる。全然だ。

「一体何がどうなったんだ?」

「最初は何の気配もなかったのに、いきなりあの岩から何か窺うような感じがしてきて、大きなものに飲み込まれたんだ。神気なんだけど、もう少し暗くて冷たくて、でも祟り神ってわけでもなくて……」

 直はううんと考えて、

「あ、わかめだ。わかめの妖精なんじゃ?」

 どんな妖精だろう。

「とにかく、行ってみるしかないでしょ」

 洞窟を進み始める。

 裸足と水着が頼りない。

「この島に来てから、今からすればだが、どうも感覚がおかしかったような気がするな」

 言うと、各々、

「はい。どこか夢の中というか、何ていうんでしょうか」

「深く考えられなくなったとでもいうのかな」

「そうね。芝居を演じているみたいな……」

「証拠はあれだよ。上陸してから1度も、怜の面倒臭いが出てない」

「ああ!」

「いや、それはひどくないか?しかも、納得されても……はあ、もういいや。面倒臭い。

 あ」

「な、だろ」

 悔しいが、そんなに僕は面倒臭がっているだろうか…………いるな、やっぱり。

「まあ、あれだ。今後は気を引き締める」

 歩いていると、明るい部屋に出た。

「まあ、いらっしゃい」

 ここは集会所か何かだろうか。若い男女がたくさん、楽しそうに飲食して話していた。真ん中ではダンスを踊るペアも何組かいる。

 まさかとは思うが、ここは竜宮城か?

「ここで何を……合コン?」

 エリカが目をパチパチとさせる。

「そうよ。さあ、いらっしゃいな」

 近くのテーブルを示され、見ると、唐揚げ、パスタ、握り寿司、サラダ等々、大皿料理がズラリと並んでいる。ビールやカクテルもあった。

「いえ、さっき食べたところですので」

 エリカが食いつきそうになる前に、断る。

「じゃ、飲み物くらい大丈夫でしょう」

「未成年ですので」

「ジュースもあるわよ」

 チッ。

「糖の取り過ぎに注意してますから。あ、カフェインもです」

 先回りして断る。

「あら。何か羽織るものでも持って来ましょうか、お嬢さん」

 もじもじするユキに、矛先を変えたようだ。

「あ、はい──」

「いえ、結構です。お構いなく」

 エリカとユキがポカンとして見てくる。察しろよ、面倒臭いやつらだな。直は、ああ、と小さく言った。

「寒くないでしょ、ユキもエリカも」

「そうじゃなくってね」

 イラッと言うエリカに、小声で、

「バー乙姫」

と言った。

「はあ?はっ!」

 ユキもハッとしたらしい。

 2人で慌てて、

「大丈夫です」

とわざとらしく笑っている。もう何を勧められても、貰う事はないだろう。

 さてと、出口はどこだろうか。

 広間にある出入口は、先ほどの一ヶ所のみだ。では、初めの所で、水の中に潜ってみるのが正解か。

「じゃ、どうも。お邪魔しました」

 スタスタと通路へ戻るのに、慌てたように皆が追いすがって来る。

「ゆっくり休んでいけばいいよ、君たち」

「そうそう。ここはとても楽しいもの。ね」

「折角ですが」

 部屋を出て、他に通路がないのを確認しながら戻る。

「そう言わないで。そう、進路とかの心配もいらないし、健康も心配いらないよ」

「ダイエットだって必要ないのよ」

「えっ!?」

「エリカ!」

 振り返るエリカだったが、ユキが正気に戻す。

 必死の形相で足止めしようとする。

「僕達は、ここにいるわけにはいきません。あなた方とは、違うので」

 とうとう最初の浅瀬のある所に着き、ザブザブと水に入って行くのを見て、こちらが本気と悟ったらしい。雰囲気がガラリと変わった。

「お前らも、捨てるのか」

 気が、変わる。

「けえれると思ってるのか」

「すたられた島を、出られえと」

 姿もCGのように変わっていった。一様にどんどん年をとっていき、今風の服が、昭和の初めやそれ以前、薄いつぎのあたった着物などになる。黒々としていた髪も、白くなり、抜け落ちていく。楽し気だった表情も、恨みと憎しみと悲しみと怒りの表情になった。

「すたた……捨てた、か。すた島は捨て島、姥捨てが行われていた島か」

 ユキが彼らの変貌にガタガタ震える。

 腰までの高さまで水に浸かりながら、僕と直がユキとエリカの前に立ち、彼らと相対した。

「そうとも。ここらあ貧しい。動けんようなったあ、しかたなあ」

「それが子ぉの為、孫のため。ずっとそうして来た」

「やのに島ごとすたるやと?どんだきゃすたる」

「我慢してすたられたのに、またすたるんか」

 貧しい地区での姥捨ては、他の土地でも、飢饉の時などに見られた風習だ。この島でもなされ、それを残る島民はおそらく「竜宮城へ行く」とでも言っていたのだろう。竜宮城で神として供養した。それが、あのしめ縄の張られた岩であり、後ろめたさから、竜宮伝説の島とは言えなかったのだろう。

「気の毒だが、それは僕達にではなく子孫にでも言って下さい。それに、こうして関係のない僕達を巻き込む時点で、あなた方は間違っています」

「おおおおーのーれー!」

 リーダー格なのか、乙姫の位置にいた老婆が、どんどん気を濃く、暗くしていく。

「我らは、神だぞお!」

 それに嘆息し、

「生憎、僕は神殺しなんで」

と、力を最大で放った。

 叫び声をあげる暇もなく、消えていく。全てがいなくなった時、そこはガランとしたただの洞窟になっていた。

「……同情はするけど、困るわね」

 エリカが言って、ポリポリと頬を掻いた。

「さて、どうしたものかな」

 直が腕を組む。

「言わなくてもいいんじゃないですか。もう、あの人達はいないんですし」

 ちょっと怠いのを我慢して、言う。

「それはそうなんだが、今、どうしたもんかという意味だろ、直」

 エリカとユキはキョトンとし、次いで、状況に気付いた。

「ここって具体的にどこよ」

「どうやって島に戻るんですか」

 直は足元を見て、

「ここに、遺体が流れ着いたんだろう?なら、この下に通路があるよ、人間が出入りできる大きさの」

と言う。

「現に、僕達もそこから入ったんだろうからな」

 僕も同意したので、ユキは心配そうな顔をした。どうしても、潜って行かなければならないらしいと、気付いたようだ。

「あんまり深くない事を祈るわ」

 エリカが覚悟を決め、ユキが、ゴクリと唾をのむ。

「んじゃ行くか」

「せえの」

 僕達は一斉に、潜った。

 


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