第23話 竜宮城(2)神の岩

 週に3時間も寝れば済む自分の体質に、僕は感謝していた。周りに明かりがないので星空が本当に綺麗に見えるし、ビルがないので、満天の星空というものがこういうものだというのが良くわかった。

 そして明け方にブラブラと岩場まで散歩してみると、蛸がいた。早速捕って、朝食に使おう。

 そう思ってウキウキとロッジに戻って来ると、タイルの上に泥まみれの足跡が残っていた。誰か起きたのかと外に出て周りを見てみると、誰もいず、わかめが落ちている。

 拾って、味噌汁にしようと考え、味噌がない事に気付いた。折角誰かが拾って来てくれたのに、何かには使わなければ。

 まあ、取り敢えずは朝食だな。蛸からだな。

 まず塩をまぶしてぬめりを取るようにもみ洗いをし、頭をひっくり返して墨袋をとる。その後、湯で赤く、足が丸まるまでゆで、ざるに上げる。それを切って、研いだ米と水、出し昆布と一緒に土鍋に入れておく。さけ、しょうゆ、みりんなどの調味料は、吸水させてからだ。そうして土鍋を良く火に当たるところにおいて、沸騰したら遠火にして14分。サッと強火に当ててから土鍋を下ろし、ごはんを混ぜて、蒸らす。これを後で、おむすびにするつもりだ。

 家で作って来た茹で卵は、塩ベースのだしつゆにつけるように密閉袋に入れてきたので、味付き卵になっている筈。そこに、焼いたベーコンと剥いたオレンジをつける。

 そうしていると3人が起きて来たので、おむすびを作る。

「全部させて悪いわね」

「どうせ一晩中起きてて暇だし、料理は好きだし、気にするな」

「そうね。どうせなら私だってご飯は美味しい方がいいもの。いつも怜君のお弁当、交換したかったの」

「え、してるじゃないですか、エリカ」

「1品じゃなくて全部って意味よ」

「では早速、いただきます!」

 パクパクと食べながら、星が綺麗だったとか、波の音が意外と大きく感じられてなかなか寝付けなかったとか、今日はまず釣りをしようとか言っている内に、思い出した。

「そうだ。明け方誰か散歩したか。東の、谷のある方へ」

 3人はキョトンとして、各々否定した。

「どうかしたのか?」

「あっちに往復する足跡が残っててな。昨日はなかったから」

「足跡って」

「タイルの上に泥まみれの足跡があってな。砂浜には所々に海藻があったんで、誰かわかめでも拾いに行ったのかと」

「何、それ。怪談?」

「え、朝ご飯用にわかめを届けてくれる幽霊?いい幽霊だねえ、そいつ」

「気が利きますね」

「いや、怪談じゃなくって、本当に」

 沈黙が降りた。

「そのわかめはどうした、怜」

「味噌があれば味噌汁にしたんだが、うっかりしたな。味噌を持って来なかった」

 直、エリカ、ユキは、味噌がなくて良かったと安堵した。

「だから昼か晩に、わかめサラダにしようと思う」

「思わないで!!」

「それ、食べない方がいいヤツの予感がする!」

「そうです、やめましょう、食べるのは!」

 今度はこちらがキョトンとする番だ。

「え、本当に誰も行ってないのか?」

 3人共、首をぶんぶんと横に振る。

 じゃあ、あれは何だろう。あのわかめはどうしよう。

「気のせいだ。でもわかめは、やめよう。拾い食いは良くない」

 3人から真顔で止められた。まあ、そう言うならやめとこうかな。

「よし、釣りだ!釣りに行こう!」

「お昼がかかってるから、真剣にね!」

 そして4人で手早く後片付けを済ませ、釣りセットを持って岩場へ出かける。桟橋の所は本当に小さい小魚しかいなかったのだ。

 ルアーを付けて、早速投げ入れる。軽く誘ってリールを引いて来ると、ククッと竿に手ごたえが伝わり、竿先が沈む。そのまま引いて取り込んだ。

「メバルだ。煮付けにしたら美味しい」

「ボクも来たぞ。これは……メバルだ!やった!」

「あ、これ、カサゴだわ」

「炊いても揚げても美味しいぞ」

「これは何ですか」

「手長エビ!」

 釣りをしているうちにわかめの件はほとんど忘れ、昼前にロッジに戻る頃にはすっかり忘れていた。

「昼は何食べさせてくれるの、怜」

「釣った魚とエビ、パプリカと玉ねぎとでアクアパッツァができるな。あとは、ちょっと残ったカレーとご飯でカレーリゾットとか。

 魚とエビ、わさびがないけど刺身もできるし、フライとか、ソテーもできるけど」

「ボク、アクアパッツァとリゾットがいい!」

「賛成!」

「私もです!」

 即決まり、調理し、食べた。

 もう完全にわかめは忘れ去っていた。合宿のテンションに、どうかしていたとしか思えない。

 片付けをすませ、

「今度は泳ぐぞ!」

と、水着で東の砂浜を目指した。遠泳しよう。遠泳なら、あの岩が近くで見えるだろう、と。


 しめ縄の張られた岩は、水面から高く突き出ているが、小さな祠をちょこんと乗せるだけでいっぱいの大きさしかない。人が岩に乗るのは禁止と書かれていたが、のれる程ではない。

 近付くにつれ、まずい、と思った。

「なあ、場所を変えよう」

 水温が低くなっていく。

「え、何で──と、まさか」

 何だろうな、この臭いは。

「よし、帰ろう」

 心なしか急いで、体育の授業でもあるまいに、真剣に浜へ泳ぎ戻る。いや、なぜか泳いでいるのに、砂浜が近付いて来ない。

「おかしいだろ!?」

「おかしいよ!いいから泳げ!」

「もう、もう泳げませんんん」

「ユキィィィ、死ぬ気で泳ぐの!」

 ああ、あの気配が近付いて来る。あの岩に普段は隠れているようだ。

 溺れかけるユキに後ろから近付き、顔を水面に出してやっていると、大きな気配が、僕たちをすっぽりと包んだのだった。




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