第22話 竜宮城(1)立花エリカ探検隊が行く
この広い世界には、まだ解明されていない謎や生物が満ち溢れている。T県にある竜宮伝説の残るその島にも、今、光が当てられようとしていた。果たして、謎は解明されるのであろうか。
小さな船の上で、エリカが真面目な顔でレコーダーに向けて喋っていた。
立花エリカ。オカルト大好きな心霊研究部の部長だ。霊感ゼロだが、幽霊が見たい、心霊写真が撮りたいと、心から日々願っている。
「バラエティ番組みたいだな」
「懐かしのテレビでやってたなあ。川口博探検隊」
「80年代の人気バラエティ番組の人気コーナーですね」
そのころ流行っていたバラエティ番組のコーナーのひとつで、川口博率いる探検隊が、世界を股にかけて秘境を廻るというものだ。嘉門達夫も歌を作っている。
「折角の合宿だもん。記録を取って、上手く文化祭の出し物に使うのよ」
「ああ、そういう面倒臭い行事もあったな」
僕、御崎 怜。この春突然、霊が見え、会話できる体質になった上、つい先ごろには神殺しという新体質まで加わった新米霊能者である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に何度も遭っている。
「文化祭かあ。何かしないといけないからねえ」
そう言うのは、町田 直。幼稚園からの友人だ。人懐っこく、驚異の人脈を持っている。僕の事情にも精通し、ありがたいことにいつも無条件で助けてくれる、大切な相棒だ。
「ビデオ上映ですか」
天野優希。お菓子作りが趣味の大人しい女子で、霊が時々見えるらしい。
この4人が、心霊研究部の全メンバーである。
今向かっているのは日本海に浮かぶ無人島で、申し込みをして抽選で当たれば、貸し切りで使用することができるのだ。費用も安い。
エリカが何の気なしに申し込んでいたら当たったので、ここで合宿をする事になったのである。
港から島までの送り迎えは県の舟がしてくれ、ロッジ、飲み水、トイレもある。
「スライドに編集した録音テープを流すか、普通に展示か、本にするか。どれがいいと思う?」
「まあ、終わってからでいいんじゃないですか。どんな内容になるか、わからないんだし」
「それもそうね。でも、いい。キャンプして終わりじゃないのよ。結果を残すのよ」
「面倒臭いなあ」
「だめ。活動結果を示さないと、部は解体よ。部室も無くなっちゃうのよ」
「あそこはなかなか居心地いいからねえ」
「仕方ないな」
「がんばりましょう」
「だから、今のうちに予習よ」
日本海に面するとある県の沖合に、県所有の無人島がある。島の大きさは琵琶湖くらいで、中央に山がそびえている。周囲は砂浜になっているが、東から山頂に向かって切り込んだような谷になっており、そのちょうど沖には神を祀る岩が、谷の終点近くのほぼ山頂には祠がある。このふたつを合わせて、双子神社と呼ぶそうだ。ロッジと桟橋は南側で、ここでは季節にもよるが、アジ、キス、カレイが釣れ、南西の岩場では、メバル、カサゴが釣れるらしい。
人が住んでいたのは40年程前までらしく、それまで、竜宮城を守る島として、少数の村民がひっそりと暮らす過疎の村だったようだ。
「竜宮城か。浦島伝説は各地にあるけど、ここのは初めてだなあ」
「あまり、というか、全然知られてなかったの。県内でも、この無人島を貸すというのを始めようとして、何か貸し切りリゾートっていう以外に売りはないかって調べて、やっと、村出身者が言ったくらいだって」
エリカは簡素な島内地図を折りたたみながら答えた。
「どうしてもっと、宣伝しなかったんだろうね」
直の疑問に、同感だ。もっと観光客も呼べただろうに。これではまるで、隠していたみたいじゃないか。
「エリカ、ちょっと気になったんですが、竜宮伝説、なんですよね」
ユキが念を押す。
「そうよ」
「私たちは、心霊研究部です」
「……」
「活動報告と、認めてもらえるんでしょうか」
「…………」
全員黙り込んで、そのショッキングな指摘に打ち震えた。
「いい事を思いついたぞ。祠近くで木々の写真を撮れ。シュミラクラ現象で、どれかは霊に見える筈だ」
「えええ!?」
シュミラクラ現象とは、人間は三角形に並んだ3つの点を見たら人の顔に見えるという、脳の錯覚だ。メールの顔文字も、これを基にしている。
いいアイデアだと思ったのに、なぜだ。なぜ3人とも僕を非難するような目で見る?
「怜。面倒臭いのはよくわかるけど、それはあまりにも手抜きだよ」
「だめか……」
ガッカリだ。
「それは帰ってから考えるとして、まあ、幽霊がいる事と、竜宮城の財宝が見つかる事を祈ろう」
「エリカ、財宝は鬼ヶ島で、竜宮城は玉手箱です」
そんな話をしているうちに、島が見え始め、グングン近付いて行く。小さな桟橋に船を付け、船長が、
「ようこそ。竜宮の島、すた島へ」
といって、ニカッと笑った。
ロッジは木造で、一階には広間と簡易トイレ、竈と調理器具と水のタンクがあるだけの調理場、床がタイルの部屋があった。砂まみれで帰って来た時、このタイルの部屋で砂を落とせるようにしてあるのだろう。そして壁際には、釣り竿や仕掛け類、バケツなどが置いてあった。
二階には二段ベッドが置かれた小部屋が6つ並んでおり、海側の部屋を2つ、男子部屋と女子部屋にする。
「いい眺めだなあ」
広い海と桟橋が見えた。ここから、神の岩は見えない。
神、か。
「今日はあの山を探検するんだったね」
「ああ。立花エリカ探検隊の歌でも歌うか」
僕と直は、ニヤリと笑いあった。
立花エリカが 洞窟に入る
カメラさんと照明さんの 後に入る
歌いながら部屋を出ると、エリカが目を丸くし、ユキがクスクスと笑っていた。
「何、その歌」
「川口博探検隊の替え歌」
「文化祭の時、テーマ曲として流すか」
「もう……」
僕らは暑さを忘れた小学生みたいに、カメラをぶら下げ、レコーダーを持ち、山へ入ったのだった。
生い茂る木々が影を作り、山中は意外と涼しかった。山頂の祠へ向かう山道は、毎日登下校で坂道を上り下りしている僕たちにしてみれば別に大した事はなく、スタスタと上って行く。
山頂付近は岩肌が露出しており、そこに、腰の高さくらいで横幅は肩幅くらいの小さな古い祠がはめ込まれていた。何の飾りもないシンプルなもので、ろうそくもなく、お供え物もない。
「どう?」
訊いてくるエリカに、僕とユキは首を横に振った。
エリカは残念そうに肩を落としながらも、カメラのシャッターを切った。
その祠に向かうように谷が海から延び、向こうの方には海としめ縄の張られた岩が見える。下を覗くと海水が川のように流れ込んでいて、波が打ち付けられていた。ちょっとしたカメラスポットである。
道をそのまま進むと北側の砂浜に出、砂浜伝いに西側から回ってロッジに戻ると、そろそろ夕方だ。
「幽霊はいなくても、雰囲気はあったわねえ。これならシュミラクラも……冗談よ」
冗談とは思えない残念そうな顔で言って、夕食の支度に取り掛かる。
竈の横には薪と炭が用意してある。
「どっちを入れるんだ?」
「両方入れろって意味じゃないの?」
現代っ子に、説明なしにこれだけ渡されても難しい。だが、うろ覚えのキャンプの記憶を総動員して、どうにかこうにか火を興すことに成功する。物凄い達成感だ。
その間に、エリカとユキが取り掛かっていたジャガイモ、玉ねぎ、人参が切れ、油を入れた鍋で炒め始める。そう、カレーだ。キャンプといえば、カレー。全員の意見が一致して、とにかく最初の夕食はカレーしかないということになったのである。
「ごはんの水加減がわかりません」
「何か指入れて関節のところまでって……底まで差すんだっけ?どの関節?」
「……怜君」
「土鍋で炊くときは米1合に対して水1カップ。でもカレーだから1割控えて」
訊いてくれて良かったと、怜と直は胸を撫で下ろした。任せた以上口を挟むのもどうかと思っていたのだが、やはり、おかゆカレーとか、固いご飯とかは避けたい。どうやってさり気なく水加減を伝えたものかと思案していたのである。
竈が2つだとわかっていたので、他には加熱するものがないように、パプリカにクリームチーズを詰めたものとちぎったレタスにプチトマトのサラダだ。
30分お米に吸水させている間に湯を沸かし、空の保温ポットに移しておく。
「たまにはこういう不便さもいいね」
「そうだな。真夏に冷蔵庫がないのにも、メニュー次第では何とかなるし、いざとなればレトルトを用意すればいいしな。まあ、冷たいものは最初しか飲めないけどな」
「ああ、それだけがねえ」
僕と直は、揃って小さく嘆息した。
やがてご飯もカレーも炊けて、広間に座り込んで食事にする。
「ん、美味しい」
「キャンプに来た!って感じだなあ」
この手作り感と一体感が、キャンプカレーのスパイスだ。
「それはそうと、浦島太郎ってどう思う」
直がふと訊く。
「ああ。戻ってみたら百年だったっけ、経ってたんでしょ。気の毒にね。玉手箱も、お土産だもん。開けるわよ」
「私もきっと開けると思います。心細いでしょうね」
エリカとユキは答えた。
「そうかなあ。ボクは初めてこの話を聞いて、竜宮城って怖い所だと思ったよ。怜も行きたくない派だったよね」
「ああ。まあ何日もどんちゃん騒ぎする浦島太郎も大概だと思ったけど、その飲み代がこの年月だろ。竜宮城って酷いぼったくりバーだと思ったな」
「……ぼったくりバー……」
「大体、弱いものいじめを見かけてお金で解決しようとするんだぞ、浦島太郎は。それ、人としてどうなんだ」
「……お金で解決……」
「なるほど、言われてみればそうだねえ」
「だろ。その上、仕事まで放り出して竜宮城に行くんだぞ。社会人としての自覚がないと言われても仕方がないだろう、浦島太郎は」
「確かにそうだよ」
「いや、そういう話?」
ワイワイと楽しく食事を済ませ、エリカが怪談オールナイトを提案したのはユキが半泣きで嫌がり、1日目の夜は過ぎていったのだった。
奇しくも直の抱いていた「竜宮城は怖い所」というのに各々同意する出来事は、まだ起きてはいなかった。
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