第12話 呪殺師・毒蜂(3)クーリングオフ

 校舎裏の人気のないエリアに、皆川を呼び出しておいた。勿論、告白でもなければ、カツアゲでもない。ストーキングをやめるようにとの忠告だ。

「何の根拠があって言ってるんだ」

 と認めようとしなかったが、直がメモ帳を開いて、

「登下校時に後をつける、部活の練習をジッと見る、写真を隠し撮りをする、スマホにのっとりアプリをしかけて盗み見する。全部、アウトだよ」

と調査結果を披露する。

 一晩で凄いな、あいかわらず。

「キモッ」

 と、エリカとユキは皆川から半歩後じさった。

「今のうちにやめとけ。警察に訴えられたら、おおごとになって、面倒だぞ」

 心からの忠告だったが、

「う、うるさい、関係ないだろう!」

と、走り去ってしまった。説得失敗だ。

「ううん。退学になって、補導されて、ニートになって、孤独死するという仮定ルートでもっと脅してみるべきだったか。それとも、他の女子でも紹介すべきだったか」

「怜君、バカな事言わないで。あんなストーカー化するような危ないやつに紹介できる人なんていないわよ」

「彼氏ができたら成仏してもいい、なんて言ってる女の子の幽霊、どこかにいないの、怜」

「それだ。ナイスアイデア、直」

「その場合、彼女を追ってお坊さんになるとかですかあ?」

 僕、直、ユキのバカな会話にエリカは頭を垂れて脱力していたが、気を取り直し、

「さ、次行くわよ」

と、僕らを促した。

 坂口さんを呼び出しておいたのは、部室だ。

 部室に入って5分程で坂口さんが来た。

「呼び出してごめんなさい。でも、人のいない所がいいと思って」

 エリカがそう言いながら、椅子を勧める。

「いいから、用件は何」

 かなり警戒している様子だ。

「毒蜂への依頼を取り下げて欲しいの」

「はあ?何の話」

「呪いであろうと、殺人の依頼は殺人の依頼よ。どんなに腹が立ってる相手でも、死んだらずっと罪悪感が残り続けるわよ」

「自業自得じゃない、皆川の──あ……チッ」

 勢いで、依頼を認める。

「警察に相談したらいいよ。その方がずっといい」

「皆川君にストーカーをやめるようにと説得しますから」

 さっきは失敗したけどな。

「嫌よ。こっちは散々嫌な思いしたんだから、向こうも嫌な思いをすればいいじゃないの」

「思いで済まないから頼んでるんだけどな」

 直が、肩を竦めてみせる。

「どうせ、本当に死ぬわけないじゃない。ネットで頼んだ呪殺代行なんて。ねえ」

 坂口さんは包帯を巻いた手首を無意識でなのか握り絞め、引き攣ったような笑いを浮かべた。

「わかってるんじゃないのか。赤い蜂のアザ」

 効果は劇的だった。

 坂口さんは全身をギクリと強張らせ、自身の包帯に目を落とした。

 そこにも赤い蜂がいるのか。

「他人を呪わば穴二つ」

「こっこれは違うわよ、依頼者の印で、遂行状況を確認するだけの……」

「後学の為に見せてもらえるとありがたいんだが」

 言ってみれば、迷うそぶりを見せてから、素直に包帯を解き始めた。

 やがて現れたのは、手首に並んだ赤い蜂のアザが二つ。

「昨日は三つだったのに、今朝は二つになって……」

 カマをかけてみたら当たってラッキー、くらいの気持ちが、引き締まる。

「まさか、明日はひとつ?ひとつになったらどうなるの?」

 エリカの問いに、ユキが、

「それはもう、アレなんじゃないですか」

と答えた途端、坂口さんは狼狽えはじめた。

「人を呪わば穴二つって、本当に?私、どうなるの?」

「……依頼した時の事を詳しく教えてくれ」

「ええっと、ホームページに、こんな事があった、許せない、とか書いてたら向こうから返信が来て、依頼を受けましょうって。それで、本当に依頼するなら頼むっていう方をクリックして下さいって書いてあったから、頼むと頼まないの、頼むの方をタップしたら、何かピリッと静電気みたいなものが指に来て、次の日、手首にアザが三つできてた。ねえ」

「説明はあったんだろ。代行の報酬は」

「あ、スマホに説明が来てた。消すように書いてあったから消したけど。ねえ」

「消したか……。まあいい。何て書いてあったんだ」

「三日後、アザが一つになった日に依頼は遂行します。これは困っている人を助ける為の善意のボランティアなので、報酬はいりません。警察などに言わないで、このメールも、読んだら消去して下さい。あなたの未来に幸あらん事を──って。ねえ」

「何が善意だ、悪意の臭いがこんなにしてるのに」

「ねえったら!」

 坂口さんが、こっちの腕に掴みかかって必死の形相で迫って来る。

「私はどうなるの、私は死なないわよねえ」

 心配は自分だけか。

 どうなるかなんてわかるわけないだろう、そう言ってやりたい。

「知り合いに相談してみるから、そうだな、昼休みにここへ来てくれないか」

 怯える坂口さんが部活を出るのを確認するのももどかしく、少し迷って京香さんに電話した。


 どんよりと重い空気が満ちていた。それは坂口さんと皆川、2人のゲストのせいだ。ついでに胃も重い。それは急いで弁当を詰め込んだせいだ。

「呪殺だって?バカバカしい」

 鼻で笑う皆川に、溜め息を堪えて言う。

「胸に赤い蜂のアザができただろう。昨日は三つあったのが、今日は二つになってないか」

 虚を突かれたような顔をした。

「そんなアザが突然できるか。日によって数が変わるアザだぞ」

「……」

「バカバカしくとも、現実を見ろ。アザはお前の胸にあるし、多分、明日は一つになるだろう」

「…………!」

 皆川は動揺も露わに胸や僕や坂口さんを見た後、坂口さんに対して、見事な土下座をして見せた。

「俺が悪かった。謝る。もうつけたりとかしないと約束する。だから、頼む。依頼を取り消してくれ」

 坂口さんはそれを見て留飲を下げたらしい。

「約束よ。ここにいる……何部だっけ」

「心霊研究部よ」

「心霊研究部の人達が証人だからね」

 コクコクと皆川が頷く度に、ゴンゴンと床に額をぶつける音がする。

 坂口さんはスマホをいじっていたが、その表情が徐々に、怪訝になり、強張っていく。

「つながらない。なくなってて、何で?」

 特別メールのアドレスはもう解約されているようだ。

 普通のホームページはまだあるが、2日前から、マスターとやらのコメントがない。

「依頼の取り消し、できないの?」

 全員が凍り付く。

「土下座したのに!?」

「それとこれとは別でしょ!?」

「だったらお前も俺に謝れよ!呪殺の依頼しましたって!」

 2人がギャアギャアやりだすのに、頭が痛くなってきた。

「ちょっと、いいか。おい、黙れ」

 ピタリと口を噤んだ2人が、同時にこっちを向く。息ピッタリだ。

「気休めかもしれないが、お守りをもらったから、これを念のために持ってろ」

 京香さんにもらった二つのお守りを、坂口さんと皆川、各々に渡す。

 受け取ろうと伸ばした手がお守りに触れる。その瞬間、突然お守りが炎をあげて燃え尽きた。

 全員が、沈黙して、お守りの燃えカスを凝視していた。

「火事にも火傷にもならなくて良かったです」

「ユキ、それは本当の火じゃなくて、オーラの火なのよ。多分」

「まずいよ、怜」

「仕方ない。頼んでみる」

 僕はスマホを取り出して、兄と京香さんに助けを求めるべく電話をかけた。


 

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