第11話 呪殺師・毒蜂(2)呪殺代行いたします
窓の外の噴水が光を受けてきらめき、6月初旬の爽やかな風が軽やかに通り抜ける。そんな気持ちの良さをぶち壊す話題を、今日もエリカは楽し気にしていた。
「呪殺代行よ、殺し屋よ、呪いなのよ」
立花エリカ、オカルト大好き少女だ。霊感ゼロだが、なんとか霊を見たい、心霊写真を撮りたいと、日々願っている。
それに困ったような目を向けるのが、天野優希。エリカの友人で、時々霊が見えるという、大人しい、お菓子作りが趣味の女子だ。
興味薄そうに食後のお茶を啜るのが町田 直、幼稚園からの僕の友人だ。人懐っこくて顔が広く、僕の事情は洩れなく知っている、頼りになる相棒だ。
僕を含めたこの4人が心霊研究部の全部員だ。
それと、まだここへ来たこともないが、顧問になってくれたのは地学の辻本誠人先生だ。若いのに若さがあんまり感じられず、トレードマークのように白衣をはおっている。
長期休暇は地質調査やら発掘やらに行くのが楽しみで、顧問なんて凡そ引き受けそうになかったのに、どうやって頼んだのかとエリカに訊いたら、どこかのクラブの顧問をするようにと言われ、休みにも練習や試合のあるバスケットボール部の顧問を引き受けざるを得ない状態だったので、心霊部なら幽霊顧問でいいですよ、楽ですよ、とアピールしたそうだ。
そんな話を持ち掛ける方も持ち掛ける方だが、よく引き受けたな。どれだけ自由が欲しいんだ、先生。
「ネットでもかなりたくさんそういうサイトがあるけど、どうなんだろうねえ」
直は懐疑的だ。
そういう僕も、昨日あの遺体を見るまではそうだった。
「一般論では、呪われていると思う事で委縮したりして悪い結果を引き寄せて、自滅していくみたいな……」
ユキに、助け船をだす。
「ノーシーボ効果だな、マイナスに働くプラセボ効果。呪われているんじゃないかと知らせなければ、なんの意味もない」
「でも、ほんとに呪いが効いたっていうのもたくさんあるじゃないの!」
「まあ、ガセが99パーセント強、本物が少々ってところじゃないか。
ネットで営業かける代行業者は、どうかと思うけどな」
「そうですね。凄い数の人が、呪ったり呪われたりしてることになりそうですものね」
「ネットはお手軽だもんね。かなりの人が頼んでるんじゃないかなあ」
「むうう。まあ、ほとんどがガセだというのには異存はないわ。
でも、毒蜂は本当らしいの。依頼を受ける相手を選んで、個人的に返信してくるんだって」
そこでエリカは声を落とした。
「そこでね、引き受けて貰う事になった人がいるんだけど、これがどうも、6組の坂口さんだと思うのよ」
僕は、直を見た。
「坂口沙織、演劇部の子だね。入学早々皆川 康君とつきあい始めて、先月にはもう別れた筈だよ」
「詳しいな」
「演劇部に知り合いがいてね。
で、聞くところによると、未練たっぷりの皆川君が、ストーカー化してるとか。それで坂口さんは悩んでるそうだね。依頼者が坂口さんなら、ターゲットはまず、皆川君で決まりだね」
一斉に黙り込んだ。
「つまり、エリカ。その呪いが本当かどうか確認したいわけか。となると、死ぬのを今か今かと待つということだな」
「う……それは……」
いいぞ。このまま諦めてしまえ。
「止めるにしても、本当に本人かわからないよねえ。たぶん、依頼したとは認めないよ」
直も困ったように言った。
「まず、どうして坂口さんだとわかったの、エリカ」
ユキの問いに、エリカが勢い付く。
「仮名さおりん、進学校に猛勉強して合格したら気が抜けて、演劇部で、入学直後に付き合ったけど先月別れて、ストーカーされてるって。あと、怜君の首の手形事件にもふれてあったし、時間割があのクラスと同じなの」
こんな風に個人特定される、いい見本だな。
「取り合えず、2人を見張ってみたらどうかと思うの。それで、様子をみたらどうかな」
再度、考え込む。
「まあいい。ちょっと今回は、毒蜂というのにひっかかりがあってな」
「じゃあ!?」
「しばらくの監視くらいなら」
「ボクも、呪いが本当なら気になるなあ」
「やりましょうか」
「決まり!」
決まったところで予鈴が鳴り、急いで部室を出る。特に僕ら1組と2組は、次が体育だ。更衣室で着替える必要があるので、今日はカバンごと持ってきている。このまま、更衣室へと走りこむ。
と、僅かに、臭いがした。悪意の臭いだ。
どこだ、どいつだ?1組と2組の男子がゴチャゴチャと着替え始めている室内で個人を特定するのは、困難だ。
「はい、ちょっとごめんねえ」
上手く空いているスペースに滑り込む直に先導されるようにしてそこへ落ち着くと、直が顔を寄せてきてコソリと、
「怜の隣が、皆川 康君だよ」
と囁く。
何という手回しの良さ!やり手の執事か!
ありがたく、着替えながらチラッと隣を盗み見る。
クラスに必ず何人かいる、そこそこ目立つタイプのやつだ。カッターを脱いで、シャツも脱いだら、目が釘付けになった。
「な、何だ、御崎」
思わず、小さいから良く見て確認しようと、接近して凝視してしまっていた。イカン、これでは変な人だ。直は片手で顔を覆って「あちゃあ」とか言っているし、皆川はギョッとしたような顔をして身を引いている。
「ああ、良く鍛えてると思って驚いた」
「ああ、そうか。プロテイン飲んでるからな」
はははっと笑いあう。危ないところだった。
着替えて三々五々グラウンドに出て行く。僕と直も続きながら、直が
「どうかしたんだね」
とウキウキして言うのに、
「胸に小さい赤い蜂のアザが、3つあった。詳しくは言えないが、死ぬかもしれない」
と、答える。
「わあお」
まさに、わあおだ。
おかげで、気になって気になって、サッカーに身が入らなかったーーいや、暑くて、食後で、面倒臭かったからでは決してない。
放課後になった途端、飛んできたエリカに
「たぶん、ターゲットだな」
と言うと、エリカは一瞬「やっぱり」と言いた気に嬉しそうな顔をし、次いで「どうしよう」と困った顔をした。
本当に、わかりやすいやつだな。
「ということは、坂口さんなのかな、やっぱり」
「坂口さんにじかに訊いてみますか」
「何て。直接、ダイレクトにか」
「呼びかけてみようか、さおりんって」
「え?」
「え?」
突然、固まる僕たちの外からかかった声に、揃って顔を向けた。
ハッキリとした顔立ちの女子が、目を見開いてこっちを見て突っ立っている。そして、悪意の臭いがした。
「さおりん?」
エリカが呼びかけると、視線を泳がせて挙動不審な感じになる。
「何の事」
「毒蜂」
「!人違いよ」
エリカ並みのわかりやすさだった。
「変わった事はないか。例えば、赤い蜂のアザができたとか」
「何の話かわからないわ」
言いながら、右手を後ろに回すというのは、そこにあると認めているのと同じだ。
「訳わからない事言わないで」
こちらを睨みつけて、小走りで離れて行った。
「間違いないわ」
「でも、どうするの」
「呪殺って、殺人で有罪にはならないんだよねえ」
「証拠がないからな、間違いなく呪うという行為で殺したのかどうか。
これは、面倒な事になったぞ」
4人は同時に、大きな溜め息をついた。
我が家の稲荷寿司は、三角だ。稲荷と言えば狐で、狐の耳は三角だ。だから関西、特に京都では、昔から稲荷寿司は三角らしく、関西出身の母の作る稲荷寿司は三角だったのだ。だから、三角に切った薄揚げを油抜きし、甘辛いつゆで炊いたり冷ましたりを一晩繰り返し綺麗な狐の色の甘い揚げに仕上げて、干瓢や人参などを加えた五目稲荷にする。
それに、茗荷のかつお節和え、キスと青じそとレンコンの天ぷら、ハモのすまし汁。
兄の満足そうな様子に、まだ少しハモが高かったのだが、買って良かったと思う。
「あの赤い蜂のアザなんだけど、呪殺代行サイトの毒蜂っていうのが関係してるみたいだな」
「毒蜂?」
僕は、昼休みから放課後までの一部始終を兄に語った。
それをジッと聞いていた兄はやはり難しい顔で、稲荷をひとつ食べる間考えてから、
「厄介な案件だな」
と言った。
「この前の人と代議士が呪殺されてたとしても、それが毒蜂によるものか、呪いで本当に死んだのか、科学で証明できないからなあ」
「サイトからその呪殺師を名乗るヤツは特定できても、そこまでだな。
ただし、そのストーカー化した元彼の方は、やめさせるようにはできるだろう」
「そうだね。明日、皆川はストーキングをやめるように、坂口は依頼を取り下げるように、説得してみるよ」
考えただけでも、すぐに納得してくれるとは思えず、面倒臭い事この上なかった。
「しかし、呪いか。呪いなあ」
その気持ちはよくわかるよ、兄ちゃん。
「あ、そういえば京香さんが、ほんの少しだけだけど、本物の呪殺師はいるって言ってたなあ」
後で聞いてみようと思いながら、揃って「ごちそうさま」と手を合わせた。
「毒蜂?それ、蜂谷かもしれないわ」
京香さんの所へいってみると、京香さんは稲荷寿司で飲んでいた。そしてもう少しつまみが欲しいと言うので、冷凍庫のスライスレンコンを魚グリルで焼いてから、味噌を塗って軽く炙って出した。
「ありがと、怜君。おお、焼酎に合うわあ。お代わり、お代わりっと」
何だろうな、この残念感は。
「蜂谷というのは」
「この前言ったでしょう。稀にいる、呪殺を請け負う外道の術師。蜂谷はこの1人でね。元は熱意のある術師だったんだけど、妹さんが自殺したの。原因はハッキリしなかったそうよ、誰も何も証言しなかったから。だけど、ある日蜂谷は行方をくらませて、妹さんの勤めていたブラック企業の上司、同僚は、次々と亡くなったのよ。全員、スズメバチのアナフィラキシーショックでね。刺された痕もないのに」
「うわあ、怪談ですね」
「そうよぉ」
グビッと飲んで、真面目な声で継ぐ。
「あいつは本物よ。関わらない方が賢明よ」
「はあ」
「でも、そういうわけにはいかないのよねえ、君は」
「非常に面倒臭いんですけどね」
肩を竦めて、苦笑してみせた。
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