第4話 出会いはある日突然に(4)先輩、乱心

 予定通り調査に出かけ、まずボクサーの方は、歩いていたら当の本人が走って来た。

 佐々木先輩は「違うような気がする」と言っていたが、念のために、どこの誰か、突き止めておくことにした。自転車の辻本さんがそれとなくつけて行く。

 ゴスロリの方は、ゴスロリファッションや小物の専門店が商業ビルにあり、そこでアルバイトをしている女の子が直の知人だとかで、雑談の末に、女装のゴスロリ愛好家の名前と住んでいるところを聞き出した。

 個人情報をいいのか、と心配になったが、同好の士が訪ねて来たりすることがあり、その時は教えていいと言われているらしい。

「凄いな。僕にはやりようもないトーク術だな」

「へへ、任せてよ」

「それにしても、ゴスロリか。なんかゴテゴテのフリフリで、よくわからんな」

「夜、暗くて寂しいところで遭ったら、怖そうだね」

 僕と直にはよくわからない。

「ちょっと可愛いかもだけど、重くて肩がこるとかないのかしら」

 佐々木先輩のセリフを通訳してやると、直は、

「女のファッションはガマンだって、評論家が言ってましたよ」

と言って、

「女の子は大変ですね」

としみじみ言った。

「ああ、ここだ」

 教えられた住所は、小さい古いアパートの1階11号室で、名前はマリリン・コルトロンこと木内誠一郎。

 しばらく出てこないか待っていると、20分ほどでドアが開いた。フリフリのワンピースにフリフリの帽子、厚底サンダル、レースとフリルの小さい日傘。全部が黒で、口紅も黒。ガッチリ体形で、顔立ちはやはり男っぽい。

 彼もしくは彼女が日傘を差して悠然と歩き去るのを待って、先輩に訊く。

「どうですか」

「2年前より可愛くなってる!」

「それはどうでもいいです」

 でも、ホルモン注射とかしたのかな。

「ああ、うん。違うんじゃないかしら。

 ねえねえ、ダイエットしたみたいよ。何ダイエットか聞いてみてよ」

「嫌です。それに先輩は必要ないでしょ。スマート、スマート」

 それ以前に、ダイエットしたなら言葉通り骨になったりしないだろうな。

「どう?」

「違うみたいだって」

「じゃあ、サラリーマンかな」

 言い、並んで待ち合わせの公園へと足を向ける。

 この時、白い国産乗用車とすれ違った。運転手など車内の様子は見えなかったけど。

「明日、朝と夕方以降、駅を見張るの」

「ここの駅の利用者と確定はしてないし、健康の為に一駅歩いてたら、引っ越していなくてもアウトだな」

 唸って、自動販売機で缶コーヒーを買ってから公園へ入る。直は炭酸のオレンジだ。

「防犯カメラを見られたら、わかるかも知れないのになあ」

「先輩、1人で駅に張り込めないんですか」

「離れられないもん、怜君から」

「ああそう。本来ドキドキする筈のセリフなのに、こんなにガッカリするとは……」

 佐々木先輩の声が聞こえなくても、内容が予測できたらしい。直はひとしきり笑って、

「笑ってる場合じゃないんだよな。ここが変死スポットになって怜が第1号になるか、強引に祓われるか」

 と呟く。

 先輩はブランコでフラフラ揺れていて聞こえていない。

「先輩は、ここに?」

「いや。ブランコに乗ろうとやっきになってる」

「そうか。怜。もしもの時は、辻本さんに祓ってもらうよ。気の毒だとは思うし、できるなら手を貸してあげたいけど、それで怜が死ぬのは間違ってるから」

「……僕だって、別に死にたい訳じゃないからな」

「約束だからね」

「わかってるよ。お前は兄ちゃん2号か」

 これで終わり、と、コーヒーを飲む。

 と、ヨロヨロと自転車が入って来た。

「あ、辻本さんだ。お疲れ様でーす」

「お疲れよ。ああ。走ってる人間が自転車より早いっておかしくない?おまけに上り坂は通るし。若い子にこっちを担当してもらうべきだったわ」

 生まれたての小鹿のような足でベンチに近寄り、座る。

「もう少し運動したらいかがですか。ついでに食生活の改善も」

「うるさいわよ、高校生。苦手なのよ、料理が。運動が。霊とのコミュニケーションが。──あ」

「苦手なんですか」

「そうよ。力ずくでも祓うのは得意なのに、滅多に声が聞こえなくて、確認とか説得とかできないから、持て余されて、1人で修行して来いって放り出されたの!」

 辻本さんがキレた。

「はあ、それは……。

 それで、ゴスロリの住所氏名は確認しました。でも、違うようだということです」

 話題を変えよう。

「残るはサラリーマンだけど、どうしたらいいかって、今言ってたところなんですけどね」

 直が乗ってきた。

 佐々木先輩はなんとかブランコに乗ろうとしている。自分のことなのに。でも、いちいちセリフを通訳するのが面倒なので、しばらく遊んでいて欲しい。

「ボクサー君は、ボクシングジムの裏の一軒家に両親と住んでる大学4年生で、中野薫君よ」

「佐々木先輩は離れられないと言ってますが、なんとかならないんですか。駅で乗客の顔を確認してまわるとか、カメラをこっそり見てくるとか」

「Qちゃんじゃないのよ」

 僕と直は小首を傾げる。元マラソン選手がなんだというんだろう?

「まあ、とにかく帰りましょう。今後どうするかはまた明日ね。放課後、来るように。

 それと、怜君。霊に同情は禁物よ。それだけは覚えておきなさい」

 辻本さんはそう真顔で言うと、解散解散と、駅前の焼き鳥屋へ向かって行った。

 僕らも、引き上げることにした。


 バターを完全にとかし、同量の小麦粉をそれに混ぜ、火からおろす。そこに別鍋で60度ほどに温めておいた牛乳を、少し入れてはダマにならないようにとかす、を繰り返す。全部混ざったら塩、こしょうをし、炒めておいた玉ねぎ、茹でたほうれん草、レンジにかけた一口大の鮭を入れて弱火にかけ、とろみが出るまで混ぜ続ける。とろみがついたらグラタン皿に入れ、チーズをのせる。あとは、魚焼きグリルで焼き色を付けるだけだ。

 サラダは、千切りのキャベツと人参と適当に切った水菜を和えて鉢に盛り、その上からサバの水煮缶を缶汁ごとのせて、くし形のトマトを飾る。これは兄の大好物の一つなのだ。

 ご飯には、自作した甘酢しょうがの千切りと青ジソの千切りと炒った白ごまを混ぜる。

 そして、帰るメールが来たところで、グラタンを焼き始める。

 時間の読みバッチリで兄が帰って来、食卓を囲む。佐々木先輩は、隣のリビングにボンヤリと立っている。

「いただきます」

 まずはサラダ。うんうんと頷いて、グラタンに移る。

「ん、美味い。ホワイトソースが滑らかでいい」

 良し!兄の感想に安心して、僕もグラタンをすくう。

「怜」

「ん?」

「……いや、吉井先輩の奥さんが、メシマズとかいうのらしい」

「うわあ……気の毒に……。とりあえず最初はレシピ本通りにやればいいのにな」

「まずは基本なのにな」

 笑って、テストの話などになったのだが、なんだったんだろう。何か別のことを言いかけたみたいな気がしたんだけど。

 食べ終え、後片付けをして、入浴をして自室に入る。

 佐々木先輩が、やけに大人しい。

「先輩。明日はサラリーマン探しですよ。どうやって探しましょうかねえ」

「……許せないわ」

「……」

「どうして殺されなくちゃいけなかったの。どうして私なの」

「……」

「寂しいのは嫌よ」

「先輩」

 ゆらりと、佐々木先輩の腕が持ち上がる。

「わかってくれるわよね」

「先輩、落ち着いて!」

 一瞬で、ほんの20センチも離れていない背後にワープのように移動したのがわかる。

「とても悔しい」

「やめ──!」

 背中から床の上に押し倒されてのしかかられた。そして僕の両手は胴体ごと抑え込まれ、締め付けられ、動かすこともできない。

 首に回された両手があり得ないほど冷たく、力が強かった。

「一緒にいて」

「──!!」

 空気が入ってこず、苦しい。頭の中がガンガンとうるさいほど音をたて、視界がスウッとモノクロになりながら暗くなり、そして、音が消えた──。

 


 


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