第2話 出会いはある日突然に(2)犯人は誰だ

 スライスハムとスライスチーズのホットサンド、ヨーグルト、コーヒー。我が家の朝は、パンだ。兄と佐々木先輩とテーブルを囲んで朝食を済ませると、僕の方が先に出る。なんと言っても、兄は通勤時間約5分だからな。

「行ってきます」

「気をつけてな」

「兄ちゃんもな」

 マンションを出たら向こうから歩いて来た直が着いたところで、ドアを開けるところからここまで、いつも一緒だ。

 いや、今日は直がいつもに増して興味津々な猫のように、僕のまわりをキョロキョロと見まわす。

「見えないだろうけど、ここにいるぞ。カトリーヌ女子の、佐々木英子先輩だ。永遠の17歳。

 先輩、こいつが昨日話した友人、直です」

「初めまして、町田 直です」

 若干視線の向きがずれているな、と思ったら、佐々木先輩が視線の先に合わせて移動した。

「佐々木英子でーす。特技はリリアンで、ダンスは小学校の時からやってました。主に盆踊りを」

 そりゃあ、落ちるな。アイドルのコンテスト。

 そう思ったが、佐々木先輩の声は直には届いてない。

「まあ、行くか」

 2人、いや3人で並んで、学校へ向かう。

「例の件だけど、アイデアは浮かんだ?」

「目撃者探しはとっくに警察がやってるし、防犯ビデオは僕らが見ることはできないし、本人の記憶はあてにならないし、困ったもんだな」

「一度殺されてみたらわかるわよ、そんな余裕ないって」

 いらん、そんな体験。

「確実なのは、男で、中学生以上50代までで、その日の服装はとりあえず上が黒か紺の綿Tシャツ、と」

「犯人候補、多いなあ」

「犯行が行われたのは、2年前の3月31日午後11時50分頃、場所は三角公園ね」

「本人的には恨まれるような覚えはないそうだぞ。

 まあ、知らぬは本人ばかりなり──ってのは、珍しくないだろうけど」

「そうだよなあ。逆恨みなんかも、まるで本人には自覚がないだろうし」

「もしかして私に一目ぼれした誰かが、可愛さ余って憎さ百倍で。ああ、罪な私。そう思わない?」

 無視だ、無視。

「同じ時間帯に公園に行ってみるか。近所の、ストレス溜めたヤツかも知れない」

「何とか言いなさいよう!」

 ドアップで迫るな。

「あれえ。もしかして、佐々木先輩何か言ってる?」

 反射的に身を微妙に引いたので、直が感づいたようだ。

「……気にするな。大したことはない」

「キイイーッ!」

「どうでもいいけど、はたから見たら、この会話、変だろうな。

 先輩、人前では答えませんからね。変人とは呼ばれたくないので」

「ケチ!」

「ボクも話してみたいなあ、カト女のお姉さま。きっと、美人でお淑やかなお嬢様なんだよねえ」

 直、あんまり女を神聖視するな。将来、騙されてえらい目に合うか、女嫌いになるか、どっちかだぞ。

「まあ、あれだ。とにかく今夜から、公園を中心に歩き回ってみるよ。兄ちゃんが寝たら」

「じゃあボクは、塾とか学校とかで話を聞いてみるよ。大人、刑事さんに聞かれるのと似たような年代のもんに訊かれるのとじゃ、違うだろうしね」

「悪いな。頼む」

 これで何かわかればいいんだが……。


 その夜、深夜。僕は佐々木先輩と付近を徘徊していた。見えない人には独り歩きだが、見える人なら、卒倒ものだろうな。

 一晩中歩くのは構わない。それより、兄が目を覚ましそうで、出るのに苦労した。見つかったら言い訳を思いつかない。

 時々徒歩や自転車の人とすれ違うものの、ほとんど誰も通らない。近所の変質者ではないのか。もしくは引っ越したのか。

 直が何かを聞きこんできてくれるのに期待したい。

「静かねえ」

「そうですね。

 先輩はこんな時間に、何をしてたんですか」

「公園でダンスの練習をしてたのよ、塾の後。やってあげようか」

 佐々木先輩はふわりと離れて、踊り始めた。正直に言うとアイドルコンテストには落ちそうだったが、楽しそうで、一生懸命で、言葉が見つからない。この人の人生を勝手に終わらせる権利なんて、誰にもなかったはずだ。犯人を、なんとしても見つけたい。そう思った。

「一緒に踊る、東京音頭」

「遠慮しておきます」

「月がきれいねえ。

 あ、流れ星!元気で長生きできますように」

 いや、死んでるだろ。


 翌日、昼休みに直と中庭の噴水のヘリで弁当を広げながら、報告会を開く。

「今日も美味しそうだねえ、怜の弁当」

 昨日の夕食の煮物に、チキンの柚子胡椒焼き、いんげんの胡麻和え、うずら卵とミートボールをつまようじに刺したの、こんにゃくの炒り煮、かつお節を真ん中に挟んだご飯。

「そうか?」

「チキン一切れちょうだい、代わりにから揚げあげるから」

 交換し、まずは食べてから話し始める。

「結果から言うと、恨まれてたようではないね。皆、明るくて個性的とか、ズレてるけどそこが面白いとか、空回ってたりとんちんかんなところもあるけど憎めないとか言ってたね」

「ひどい、それ誰が言ったの?!ちょっとあんた、通訳しなさいよ!」

 ギャアギャア喚く佐々木先輩は完全に無視して、2人でウウムと唸る。

「やっぱり、通り魔的犯行なのかな。近所を歩き回ったけど、犯人と思われる人物に再会もしなかったし、何かを思い出す事もなかったな」

「お手上げだよ」

「参ったなあ。何でもいいから、何かないんですか、先輩」

「そんな事言われても……ええと、身長はわたしより高くて、私よりガッチリしてたわね」

 直に通訳してやるも、役に立つ情報とも言えなくて、ガックリと肩を落とす。

「しかたないじゃない、もう!」

「じゃあ、塾から公園までの間、何かありませんでしたか。ぶつかった、じろじろ見られた、見るなと言われた、なにかを落とした、踏んだ、聞いた、笑った。何でもいいです」

 佐々木先輩は首を傾けて考え込み、

「駅の近くでサラリーマンみたいな人にあったわね、そういえば。ゴミ箱を蹴ってて、こっちに気づいたら凄い目で睨んできたけど。

 あとは、コンビニの近くで女装してるゴスロリの人をマジマジと見て、舌打ちされたわ。

 それと、減量中のボクサーって感じの人の前で、缶ジュース飲んでたこ焼き食べたけど」

と申告してくる。

 直に伝え、想像してみる。

「結構、ゴスロリは心に痛いかな。ボクサーも辛いだろうね、ソースの匂いは」

「殺すほど?」

「個人によって、許せる限度は違うよ」

「まあな。順番に探し出して実際に見てみたら、ピンとくるかも知れないな。というか、来てほしい。先輩、きそうですか」

「多分ね。感覚でわかるわよ」

 なんか怪しい気がするが、わかってもらいたいものだ、是非に。

 次はこの3人の特定をすることにして会議を終了した時、昼休み終了のチャイムが鳴った。

 今日の放課後は、まず特定し易そうなボクサーとゴスロリだな。サラリーマンはどうしよう。駅で乗り降りする利用客をジッと見るか?

 はああ、本当に面倒だ。



 

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