体質が変わったので

JUN

第1話 出会いはある日突然に(1)憑かれました

 家に入る前にポストを覗くと、夕刊とエステのチラシ、封筒が2通入っていた。1通は兄、御崎みさき つかさ宛てで、もう1通は僕、御崎みさき れん宛て。

 エステには興味はないが、そこの体質改善というものに、ちょっと引っかかる。

 高校の入学式の前日、僕は掃除中に不注意にも頭を押し入れの段にぶつけ、それでどうも、体質が変わってしまったようなのだ。つまり、幽霊が見えたり、会話したりできる体質に。

 そんなバカなことがあるわけないと思ったのだが、外に出たら、交差点を渡り続けて車にはねられ続ける透けた人が見えたり、マンションから何度も落ち続ける人が見えたのだ。頭を打ったせいで脳に異常が出たのか、よろけて仏壇に当たって位牌をこかしたせいなのか、それはよくわからない。ただ間違いなく、これまで見えなかったものが見えるし、たまに「見えてるんでしょ」とか言ってグイグイこられたりする。

 見えない体質に戻れるものなら戻りたい。こんな風に、首にロープを巻いた顔色が恐ろしく悪い女の子についてこられてもほとほと困るというものだ。

 彼女は今日、学校帰りに近所の公園で目が合い、そのままついて来たのだ。最初は首を絞めて来たのだが、暴れてやめてくれるように言ったら、やめてくれた。ついて来たけど。

 兄にもなにもせずに大人しくしているというので、面倒臭いし、何もできないので、今はそのまま、一緒に家に入る。

 どこの誰が何歳かというのを業者はよく把握しているもので、28歳の兄には婚活関連のものがこの頃届くし、高校入学したての僕には教材や資格取得のメールが届く。

 ウチの両親は六年前に交通事故で亡くなったのだが、兄はそれから親代わりになって僕を育ててくれていて、僕がせめて大学を卒業して就職するまでは結婚しない、と公言しており、この婚活パーティーへのお誘いの封書も、このままゴミ箱行きになるのは間違いない。だが、一応、リビングの座卓の上に置いておく。

 僕のは自己啓発セミナーへのお誘いで、即、ゴミ箱行き。

 まずは手洗いをし、自室に入ると着替えをして、空の弁当箱をカバンから出してキッチンの流し台に置く。そしてリビング奥のベランダへ出て、洗濯物を取り入れながら、眼下の警察署を観察する。

 兄は警察官、刑事という職業で、たまたまなのだが、すぐ裏にあるこの警察署に配属されている。それでなんとなく忙しそうなら、帰りが遅くなるか帰れないかという事になり、いつも通りなら、早いという事が予想される。

 今日は、暇そうだな。

 リビングに入り、洗濯物を畳んだら、エプロンをつけ、ポケットにスマホを入れる。

 前は家事は分担し、炊事は兄の担当だったのだが、中学の時からは僕がしている。今日はアジの塩焼きに切り干し大根の煮物、きゅうりとカニカマと錦糸卵の酢の物、豆腐とわかめの味噌汁。ご飯を炊くように炊飯器にセットし、切り干し大根を水で戻しながら、風呂場に行って風呂を洗う。

 ふと鏡に映った自分と目が合う。身長は平均的で、痩せてもいず、太りもせず。顔はまあ普通だろうが、友人からは、面倒臭そう、つまらなそう、無表情などと言われ、女子にとりたててモテた覚えはない。

 この普通感に反して特筆すべきなのは、「無眠者」であるという事だ。1日に短時間しか睡眠を必要としないショートスリーパーというのがいるが、僕のはもっと、1週間に3時間程しか必要としない。これはメカニズムとかが不明で世界でも珍しい部類の体質らしいが、特に不都合を感じていないどころか、その時間を有効活用して、これまで常に成績は3番以下へ落ちたことはなく、学区一の進学校への合格を果たし、兄の胸をなで下ろさせた。それに、常備菜の作り置きや僕の弁当作りもできるし、本を読む時間も十分ある。

 ああ、今はもう一つ、幽霊が見えるのも特筆すべき点になるのか。別に、したくはないんだが……。

 リビングへ戻り、切り干し大根を絞って、人参、うすあげ、煮汁と一緒に火にかける。うちは母が関西出身で、食事の味付けは関西風だ。

 続いてきゅうりをスライサーでスライスして塩でもんで水でさっと塩を落とし、カニカマを裂き、作り置きしてある錦糸卵を出して混ぜ、三杯酢で和える。味噌汁用の小鍋には水と粉末だしの素を入れ、後は、兄の帰るメールを見てからになる。

 さて、ひと通り用事が済んだところで、こいつか。

 ロープマフラー女子の幽霊に、向き直る。

「ええっと、名前を聞いた方がいいのかな」

「佐々木英子です。高校二年生」 

 先輩か。 

「では佐々木先輩。あなたはどうして公園にいて、首を絞めようとしたんですか」

「失礼しました。あそこで殺されてしまったんですが、何か悔しいので、他の誰かも殺してやろうかと」

「はた迷惑な……」

「すみません……」

 うなだれる佐々木先輩に、嘆息する。

「過去は過去として、新たな人生を歩んではどうですか」

 佐々木先輩はキッと顔を上げてこっちを見、

「嫌です。せめて犯人が捕まるまでは成仏できません。捕まらないならやっぱりあそこで悔しく死んだ仲間を増やします」

と宣言した。

 そんな友達100人、凄く嫌だな。

「犯人、誰なんですか。なんとか僕から伝えて、逮捕してもらいましょう」

「それが……その……暗かったし、突然だったし、知らない人だったし……」

 困ったぞ。

「手伝ってくれるんですか」

「え。ああっと、うーん、できる範囲でなら……」

 あの公園は学校への通学路なのだ。これからあそこが連続変死スポットになるのは困るので、面倒だが、手を貸すのもやぶさかではない。

「見つかるまであなたに憑りつきますから」

「ええっ」

「見つからなかったら、予定通りあなたに仲間になってもらいますからね。フフフ」

 えらいことになった。これは死ぬ気で探さないと……。

 と、ポケットのスマホが振動し、確認すると兄からの帰るメールだったので、アジの塩焼きと味噌汁にかかる。ほんの5分で、兄が帰宅する。

「お帰り」

「ただいま。何か変わったことはなかったか」

 いつものやり取りだ。が。

「うん、特には」

 嘘だ。僕の横にロープマフラー幽霊の佐々木先輩が立っている。

「そうか」

 兄は頷くと、洗面所へ入って行った。

 しっかりと鍛えられて適度に筋肉の付いた体、背は少し高めで、クールなハンサムな上にスポーツ万能で頭脳明晰。大学時代からモテていたが、今ではそれに期待の若手エースと言われて、上司にまで注目されているらしい。羨ましいことだ。とても敵わない、自慢の兄だ。そして、感謝してもしきれない。なので、

「絶対に兄ちゃんには何もするなよ。教会でも寺でも駆け込んで祓ってやるからな」

と、佐々木先輩に念を押しておく。

 着替えた兄と向かい合って夕食をとりながら、今日あったことなどを話す。

「クラブ活動はしないのか」

「面倒臭いから、いいよ」

「後から思えばいい思い出にもなるし、何かやってみたら、意外と面白いかも知れないぞ」

「まあねえ。

 それよりちょっと噂で聞いたんだけど、そこの公園で、前に女子高生が亡くなった事件とかあったんだって?」

「ああ、2年くらいになるかな。

  美味いな、切り干し。アジの塩加減と脂の乗り具合もいい。

 そう、深夜に公園の遊具にロープをかけての首吊り。怜は悩みがあったら小さなことでもいうんだぞ。いつでも俺は怜の味方だからな」

「うん、ありがと。

 でも、それじゃ、自殺?」

「学校の男子生徒に振られたほか、アイドルオーディションに応募して落ちたのにも相当落ち込んでいたらしいからな。

 悲鳴や争うような声も聞かれていないし、不審な点はなかったから、自殺ということで終わったな」

 話が違うと横目で佐々木先輩を窺うと、プルプルと首をふっていた。

「その、自殺に見せかけた巧妙な殺人、とかの可能性は」

「ドラマかミステリー小説じゃないんだから」

 兄は呆れたように苦笑し、

「だよなあ」

と僕もあわせておく。


 後片付けも済ませ、自室に入るや否や、佐々木先輩に向き直る。

「どういうことですか」

「そういうことになっちゃってるのよ。首に何かが巻き付いて苦しくて、気付いたらジャングルジムからぶら下がってたから」

「悩んでたんですか」

「悩んでなくはないけど、死ぬほどじゃないわ」

「恨まれてた覚えは」

「さあ」

「アイドル?」

「いやあん、恥ずかしい.。ちょっと見る?」

 頼んでないのに、アイドルグループの曲を歌って踊り出した。その見た目でやられてもアイドル感ゼロなんだがなあ。

 どこから手をつけるべきか考えていると、スマホが振動しだした。幼稚園からの友人、町田 直だった。

 明るくて、人懐っこくて、顔が広く、要領が良い。ウチの事情も僕の無眠体質も承知していて、幽霊が見えるようになったのも、一緒に通学していたら、一発でバレた。

「あ、ボク。怜、今いい?」

「ああ」

「司さんに言った?霊のこと」

「言ってない。やっぱりこれ以上心配とか負担とかかけたくないし。

 ちょっと、佐々木先輩、邪魔しないで下さい。ひとりリサイタルはもういいですから」

「え、なになに、女の子?司さんにばれたら機嫌悪くなるよ、ブラコン気味なんだから」

「今日憑いて来た幽霊だ、そんなんじゃない」

「え、なにそれ」

 そこで僕は、公園で目が合ったところからつい今しがたまでを、話して聞かせる。

「で、どうしたものかと思ってな」

「ううん、ボクも考えとくよ。じゃ、また明日。お休み」

「お休み」

 電話を切ってなんとなく顔を向けた先に、恨めしそうな佐々木先輩がいた。

 ああ、驚いた。

「そんなんじゃないって、ちょっと傷ついたわ」

「事実でしょう」

「女の子はデリケートなのよ、死んでも」

「失礼しました」


 ああ、面倒臭い。 

 

 

 

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