第3話 それはまるで死者の国のような【中】

 気になってその本を手に取る。

 本の題名は「若苗色の道標」。

 (ほら、本を開いて。きっと、あなたが感じている苦しいことや、辛いこと。全て忘れてしまえるような旅になるわ。)

 優しい、木漏れ日のような声だった。

 本当に聞こえたのか。それともただの幻聴なのかはわからない。

 それでも、その声の示すままに私は本を開いた。

 

 その本は数年前に執筆された王道ファンタジーもので、主人公が奴隷商人にさらわれた親友を助けようと、様々な人に助けられながら、時には戦いながら旅をする。というものだった。

 

 私がその本に惹かれた理由は、私がその本を少し読み進めたところで分かった。

 声が、したのだ。

 声といっても実際に聞こえたわけでもないだろう。それに、登場人物全員の声が聞こえたわけでもない。

 私に聞こえた声はただ一人、リリィという少女のものだった。

 

 リリィは、私がその本を読んでいる間じゅう、ずっと話しかけてきた。

 それはもう。「邪魔」と思うぐらいに。

 「ねぇねぇ。やっぱり貴方、わたしの声が聞こえていたのよね?」

 「貴方のお名前はなんていうのかしら?」

 「今日はどんなことがあったの?」

 こんな具合だ。本を開けなんて言った割に読ませる気がないんだろうか。

 しかし今日のこの質問はさすがに無視するわけにいかなかった。

 「なんで貴方は毎日ここに来てくれるのかしら?お友達とは遊ばなくていいの?」

 一瞬、時が止まったように思えた。忘れさせてくれると言ったじゃあないか。

 あれは嘘だったというのか。

 「…君にはデリカシーというものがないのかな?」

 「あら?やっぱり、私の声が聞こえていたのね!」

 「うん、そうだよ。でももう少し配慮して欲しかったかな…」

 「…怒らせてしまったのならごめんなさい。でも私、嬉しかったの。貴方みたいな素敵な人が、私の声を聞いて、この本を手に取って、毎日こうやって読んでくれるんだもの!」

 そのとき、リリィの顔が見えた。幻覚かもしれない。でも、私には確かに、挿絵で見るよりずっと鮮やかで華やかな少女の顔が見えた。

 「すてきなひと…?」

 「そう、素敵な人よ!」

 素敵な人。少なくとも、好きな人に告白したことから同性愛者がバレてクラスで孤立したような今の私にはそぐわない言葉。

 「なんでそう思うの…?」

 「だって貴方、お友達のこと、とても大切に思っているじゃない!お友達を大切にできる人はみんな素敵な人よ!私、こう見えても人の心を読むのが得意なんだから!」

 あぁ、ダメだ。期待しちゃいけない。ついこの間、それで失敗したばかりじゃあないか。そんなことを思っていても、口が勝手にしゃべってしまう。ダメだ。やめろ。

 「だって私、おかしいんだよ?女の子のことが好きなんだよ?気持ち悪いと思わないの?」

 「あら、素敵なことじゃない。人を好きになることは。その感情は誰も茶化してはいけない、神聖なものよ。それに、性別なんて些細な問題じゃない!」

 「…些細な問題?」

 「えぇ、些細な問題よ。」

 「じゃあ、なんで私はその些細な問題で友達と1週間も話せていないの?」

 「それは……。わからないわ。だって私、そのお友達に会った事ないんだもの。知りたいのなら、話せばいいわ、二人だけで、真剣に、向き合って。」

 「それができたら。苦労はしてないよ!」

 つい叫んでしまった。

 「…そう。じゃあ、私がお祈りをしてあげましょう。安心して。私、神様のお使いだから、お祈りも得意なのよ!」

 そう言って、リリィはなにやら祈りの言葉らしきものを唱えた後、私の頬にそっとキスをした。少し驚いたが、祈りを捧げるリリィの姿があまりにも美しかったので、文句など言えなかった。そして、リリィは真剣な顔になってこう言った。

 「あしたの放課後、学校の近くの公園に行くといいわ。そうすればきっと、お友達と二人きりで話せるはずよ。」


ー翌日放課後ー

 とりあえず昨日のリリィの話を信じて学校近くの公園に行ってみる事にした。というか、学校近くの公園ってここでいいんだよな?

 一抹の不安が残るまま、私は問題の公園に向かった。

 公園に着くと、見覚えのある女子が一人、明らかに不自然な感じで私から目を逸らした。

 目を逸らした女子は私の友達だった。少なくとも、私はそう思っている。

 「おーい、さくー。…そうあからさまに目をそらされると、さすがの私も傷つくんだけど…」

 「佳夜…」

 「やっぱり、気にしてる?。」

 。私が、同性愛者だということ。

 「佳夜…ごめん。ごめんね。」

 「いいよ。…咲が謝ることないよ。」

 「違う、違うの。私、やっぱり…」

 あぁ、そうか。

 「理解、できないの。あなたのこと。」

 「そっか、いいよ。だって、それが”普通”だもん。」

 「それにね、『佳夜と話したら、仲間外れにする。』って北村さんたちが言ってて…」

 「いいよ。」

 「でも私、佳夜が嫌いなわけじゃー」

 「いいってば!」

 自分でも疑うほどの、大きな、耳をつんざくような声。

 「大きな声出してごめん…。いいよ、わかってるよ。もう私とは話したくないんでしょ?いいよ、仲間外れは怖いもんね。私のこと、理解、できないもんね。」

 「じゃあね。」

 泣きそうになりながら震える声を必死に絞り出し、私はそっと、公園を後にした。


 期待した私が悪かった?そんなことはわかっている。わかっているんだ。本当だよ。

 でも、どんなに言い聞かせてもダメなんだ。「それでもいい」と言ってもらえると、思ってしまうんだ。

 そんなとき、ふと、少女の顔が思い浮かんだ。

 その少女は、とても鮮やかで、華やかで…私のことを、”素敵”だといってくれた。


 少女の名はリリィ。

 純潔を表す白百合の花を冠した名前にふさわしい可憐さと純粋さを持った少女。

 私はきっと彼女に、また性懲りも無くー

 恋を、していたのだ。

 

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