第2話 そこはまるで死者の国のような【上】
そこはまるで死者の国のようだ。と、誰かが言っていた。
古くなった本の匂い、街にいる人よりはるかに静かな人々、本が好きな人々の、愛が詰まった空間。
人が死んでも、その人の描いた
その人が思い描き、理想とした
今も、そこに。
6月のある休日、梅雨も終わりに近づいているというのに、まだ懲りずに雨が降っていた。
陽色が「借りていた本を返すついでに続きを借りに行きたい」というので、雨も降っていることだし、家族3人で図書館に行くことにした。
本が雨に濡れないように試行錯誤しながら車に乗り込み、エンジンを起動させる。
助手席になんだか嬉しそうな陽色と、後部座席には少し雨に濡れて不満げな要が座っていた。
「嬉しそうだね、陽色。どうしたの?」
「この本、とても面白かったから、続きが楽しみで。あと、要がこの歳になってもまだ休日に図書館についてきてくれるのが嬉しいなぁ…って。」
そう言いながら陽色が微笑む。それと一緒にかすかにパーマのかかった髪が揺れる。あぁ、自分は幸せものだ。と、心から思う。
「そうだね。要はいい子に育ったなぁ!」
心から、でも少し大げさに褒める。
「お世辞とかはいいよ。母さん。それに僕も、借りたい本があったからね。」
と、少しけだるそうに要が言う。
そんな話をしている間に図書館についた。
車に乗るとき同様、本が濡れないようにしながら足早に図書館に入る。
古い本や新しい本の入り混じった独特の匂い。
梅雨の雨がもたらした、不快とも取れる湿気。
少し濡れて、肌にまとわりついてくる洋服と髪。
そうだ。あの日もこんな、雨の日だった。
ー20年前
今日はついてない。
放課後、図書館に向かっていたら夕立が降ってきた。
目的地が屋内だったから良かったものの、制服はぼとぼとに濡れてしまった。
「洋服を買いに街に行く」と言っていた友人は大丈夫だろうか。
そんなことを考えながら、生き残っていたハンカチで頭を拭く。
あぁ、そうだ。もう友人ではないんだっけ。だって、もう3日は話していない。
それもこれも、私が同性愛者だとばれてしまったせいだ。
「
ニヤニヤと笑いながら聞こえるように噂話をする女の声が響く。
笑うな。私のことを。頼むから、笑わないでくれ。そんなに勝ち誇ったような顔を、しないでくれ。
お前のような”女子”が好きなんじゃない。私が好きなのは、もっとー
その一言が出なかった。もっとも、出していたら、私はもっと「おかしな子」になっていたのだろう。
なぜ理解してくれると思ったのだろう。なぜ、期待してしまったのだろう。
なぜ私は…真っ当に恋愛もできないのだろう。
そんなこと思っていると、自然と涙が溢れてくる。
あぁ、駄目だ。泣いては。もっと「おかしな子」だと思われてしまう。
瞳から溢れ出す雫を、雨のせいだとでも言うように拭う。
こんなときは本を読もう。
自分とは全く違う世界に行ける、ファンタジーがいいかな。
そう思い、「ファンタジー」と書かれた本棚を見て回る。
すると、その中の一つの本の背表紙が、私に微笑みかけたーような気がした。
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