本当にあった怖い話7「見える」ということ

詩月 七夜

友人Dの場合

 知人Dは、本人曰く「見える」らしい。


 例えば、駅。

 いつものように出かけると、駅のホームでチラリチラリと黒い人影が視界の隅を動き回る。

 姿は漫然としていて、とらえどころがない。

 よくUMA(未確認生物)の一つで「シャドーピープル」とかいるが、見た目はあれに近いという。

 そんなのが二、三回チョロチョロ見えるのは、Dにしてみれば日常茶飯事らしいので、あまり気にも留めなかったが、その日は実に数十回も目にしたという。

 あまりにもよく見えるので、何となく虫の知らせが働き、乗る電車を数本遅らせたんだそうだ。

 すると、影の数は徐々に減り、やがていつもの状態に戻った。

 そこで電車に乗ろうとしたDは、駅のアナウンスを聞いた。


「○○行きの電車(Dが乗ろうとしていた電車)が、××駅間で人身事故を起こした」


 聞けば、飛び込み自殺だったという。

 後日、Dは「解釈は色々出来るが…」と前置きして語った。


「私は、たぶんを察知して、集まってきたんじゃないかと思う。連中、私が最初に乗ろうとした電車にもごっそり飛び乗っていたしね」



 そんなDの別の話。


 Dが友人の「下宿探し」に付き合った時のことだ。

 こう書くと察しの良い読者は話の筋が分かるだろう。

 それをかんがみて、話を進める。

 さて、世の中には「事故物件」というものがあり、それにまつわる怪談も多い。

 知らない人のために説明すると「事故物件」とは、いわゆる「ご不幸があった物件」である。

 つまり、事件・事故があり、その物件で人が亡くなっている場合などは、概ね賃借料が低額化する。

 なので、これに飛びつく人はいるが、そこで不動産屋は告知義務により「この部屋では、○カ月前に××で亡くなられた方がおります」的な説明を行うことになっている。

 ただ、気を付けねばならないのが、こうした告知義務については説明するのに「事件・事故発生後の○日前~●年後まで」という明確なガイドラインが無いので、原則、不動産屋の良心に頼ることになるらしい。

 この辺は、過去にいくつか裁判で判例があるらしいから、興味のある人は調べてみて欲しい。

 ともあれ、日ごろから「見える」というDは、友人に頼まれ「そっちの方面からでも見て欲しい」と頼み込まれたんだそうだ。

 「私は鬼太郎の妖気アンテナか」と、苦笑しながら承諾したD。

 当日、不動産屋の案内で、一件のアパートに案内された。

 部屋の間取りや、交通の利便性などの周辺の環境を細かに説明する不動産屋に、友人の方はまんざらでもない様子。

 この時は、Dも怪しい気配は感じなかったようで、契約はスムーズにいくと思われた。

 が、


「…すみません。ここ、壁薄いんですか?」


 不意にDが、にこやかに契約手順を説明する不動産屋にそう質問する。

 すると、不動産屋は首を横に振った。


「いいえ。防音素材を用いてますから、そんなにうるさくはないですよ?」


「…そうですか」


 釈然としない様子のDに、友人が理由を聞くと、


「いや、ね…ちょっと前から、上の部屋から『たすけて』だの『あけて』だの、子供の声がするから…」


 それを聞いた不動産屋の顔色が変わった。

 友人が追及すると、不動産屋は観念して、


「実は…昨年、ちょうどこの真上の部屋で、育児放棄した母が、子供を閉じ込め姿を消した。子供は水道を止められ、満足に食べ物もない部屋で弱り、一人息を引き取った」


 と、白状した。

 友人が、契約手続きを中断したのは言うまでもない。

 いくら自分には聞こえないとはいえ、その事件の発生中、子供が泣き叫んでいた部屋の両隣や上下の部屋には、住人がいたという。

 所詮、赤の他人だが「いざというとき」に助け合えないような住人がいるアパートに、誰も好んで住みたくはない。

 Dは「結局、一番怖いのは、やっぱり人間だよね」としみじみ言っていた。



 また、別の話。

 

 Dを加えた四名で、ドライブに行った時のこと。

 帰りが夜遅くなり、車でとある峠道を通過していたのだが、ああだこうだと雑談している中、助手席に座っていたDが、徐々に無口になっていく。

 その様子に気づいた私が「どうしたの?」と聞いてみても、Dは首を横に振るだけだった。

 そんなDの様子に、同乗していた他の二名が首をひねる中、私は「お手洗いに行きたいから、ダッシュでコンビニに駆け込んで欲しい」と言った。

 すると、ドライバーをしていた友人は速度を上げ、かなりの距離をものの数分で走破。

 あっという間に、ふもとにあった一軒のコンビニに到着した。

 そのころには、Dの様子も元に戻っていた。

 私はトイレに入り、Dもそれに続く。

 中には、手洗い用の水栓があったので、そこでDは顔を洗い、ようやくホッとしたようだった。

 車内が暗くて気付かなかったが、Dの顔は汗まみれだった。

 私が「大丈夫?」と聞くと、Dは頷いた。


「ありがとう。久し振りに


 聞けば。

 車で先程の峠を走っていた際、不意にDの右足首が何者かに掴まれたという。

 Dはギョッとなったが、経験上、他に人間に言っても見えないし、聞こえない。

 それどころか、逆に慌てさせて事故でも起こしでもしたら大変だと考えたので、じっと耐えていたんだという。


「(私が)気付いてたかどうか知らないけど、峠の途中に急カーブがあって、そこにお地蔵さんが置かれていた。そこを通過する時に、かなり強い力で足首を握られた」


 そう言うとDは足元を見た。


「よく分からないけど…あそこで亡くなった人なのかもね。私達に『気をつけろ』って、忠告してくれたのかも」


 そう笑い、Dは私に言った。


「本当、気付いてくれてありがとう」


 それに私は頷いた。

 気付いた方もいたと思うが、あの時、私はDの異変に気付き、何らかの霊障に見舞われたことを察した。

 なので「とにかく、早くここを通り過ぎよう」と思い、私は友人に先を急がせたのだ。

 まあ、礼を言われるほどのことではない。

 ただ、Dとは長い付き合いだし、Dが「見える」ということは信じていたので、助けになればと思い、咄嗟にとった行動だった。

 結局、その後は何の問題もなく帰路につき、他の友人は何も知らないまま、楽しいドライブは終了した。


 このように「見える」人の場合、様々な経験に見舞われることが多い。

 それがいいことなのか、そうでないのかは、私にも分からない。

 ただ、偉そうに忠告するようだが、安易に「私は見える」と吹聴するのはやめた方がいい。

 あと、心霊スポットなどで悪ふざけをすることもだ。

 そうした嘘や不遜な態度により、はある日、本当に皆さんの前に姿を見せるかも知れない。

 その時、皆さんは本当に適切な対応が出来るだろうか?

 ちなみに、私にはその自信がない。

 そうした世界は、安易に覗こうとしない方がいいと思うし、そっとしておくのが一番だからである。


 最後に「余談」を記して終える。

 あの時、夜の峠で足を掴まれたDは「警告をしてくれたのかも」と言った。

 しかし、私は見た。

 Dの異変を察し「コンビニへ急げ」と告げた時に、チラリと見たDの足元から、その座席下へ引っ込んだものを。

 それは、白い男の顔だった。

 男は先を急ぐように告げた私を、ほんの一瞬だが憎々しげに睨んでいた。

 その時に(気のせいかもしれないが)かすかに舌打ちする音が聞こえた。

 思うに。

 あれは、私達への「警告」などではなく、逆に私達を…


 Dにはこの話はしていない。

 だから、あの日、コンビニトイレでDが「警告だった」言った言葉が、本心だったのか、私を怖がらせないようについた「優しい嘘」だったのか…


 いまも分からない。

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本当にあった怖い話7「見える」ということ 詩月 七夜 @Nanaya-Shiduki

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