シェルターの子供たち
入口の除菌室が大きな音を立てた。
どうやら調査に行っていたコルンが外から帰ってきたようだ。センジュは作業の手を止め振り返った。空気の抜ける音と共に扉が開き、ガスマスクの男が入ってきた。頭に残った殺菌粉末を払い落としながらガスマスクを外す。
その顔が不機嫌に歪んでいるのを見てセンジュはまたかと思った。彼はこのシェルターにいる唯一の男性だ。必然、外に出るのは彼の仕事になっている。だが、彼はそれが面白くないらしい。
「おい、水」
舌打ち。子供たちが慌ててろ過装置を作動させ飲み水を作ると、コップに注いでコルンに渡した。彼は一口で飲み干すとコップを突き返す。エンリコはそのコップをどうしたらいいかわからずにコルンを見上げた。
「もう一杯だ」
「コルン、悪いけど水ももう残り少ないの。我慢して」
コルンはセンジュを睨みつけた。エンリコを除く子供たちはセンジュの後ろに隠れて様子を探っている。コルンの舌打ちがシェルターの中に響く。
「俺は命懸けで外に出てるんだぞ。水の一杯や二杯飲む権利があるんじゃねえの」
「私たちだってちゃんと仕事してる。そういう分担でしょ」
「仕事? このシェルターの中でのんびり野菜作ることがか?」
コルンが鼻で笑い飛ばす。眉間の皺がさらに深くなる。
「俺が外から機械の材料を取ってこなきゃ、お前らは生きてけないんだぞ。誰のおかげでその命があると思ってんだよ!」
コルンが手に持ったコップを投げた。それはセンジュの頬を掠めて飛び去り、壁に当たって高い音をたてて砕けた。貴重なコップが失われた。センジュは痛む頭を揉んだ。
古き人類が科学を発展させ、間違った方向へと進み続けた結果、地球はいまや人類の住める場所ではなくなった。空気や水は汚染され、染色体に異常をきたした生物たちは醜い化物へと変貌し捕食者となった。もはや世界は人類のものではなくなった。
しかし、人類は思いのほかしぶとい。核戦争への備えとして作られたこの巨大シェルターへセンジュたちの祖先は辛くも逃げ込み、ここで数世代生き続けている。それもそろそろ限界を迎えるだろう。
最初に起きた問題は資源の枯渇だった。
いまセンジュたちの命を守っている機械類。空気清浄機をはじめとしたろ過装置や除菌室。そういったものが相次いで故障を始めた。修理するための器具も材料もない。そこで男たちは外の世界へ出ることを決めた。ガスマスクをつけ銃を手に危険な外へと調査へ出た。おかげでこうして生きることができている。しかし、調査団は帰ってくるたびに数を減らしていった。次第に大人の女も調査団に加わるようになった。だが、もういない。
大人はみんな外の世界に食われてしまった。
このシェルターに残っているのはセンジュとコルン、それからまだ年端もいかぬ子供たちだけだ。もう終わりが見えている。それでも足掻くことをやめるわけにはいかない。
「わかったよ」肩で息をしていたコルンが落ち着きを取り戻したようだった。「水はもういい。飯くれ」
「ないわ」センジュが言った。
「あ?」コルンが睨みつける。
「あなた、調査に出る前に今日の分食べたでしょ。ひとり一食分しかないの。だから、あなたの分はもうないわ」
「おいおい、冗談だろ」
「冗談じゃない。だから、言ったじゃない。調査から帰ってきて食べたらって」
「ふざけんじゃねえよ!調査から帰って来れるかもわかんねぇのに我慢なんて出来るかよ!」
コルンが激高した。子供たちが怯え、センジュの裾をぎゅっと掴む。
「しょうがないでしょ。我慢して」
怒りに震えていたコルンが一転その顔に笑みを浮かべた。暗い影を伴う邪悪な笑み。
「わかったわかった。ひとり一食分はあるんだよな」
「ええ」
「ならよ」
コルンが腰につけたホルスターから銃を抜き、近くに立っていたエンリコへ向けた。コルンの人差し指に力が込められる。銃口から飛び出した弾丸がエンリコの頭を貫き、血の線を引きながら地面へと突き刺さった。
「これでひとり分浮いたよな」
命を失ったエンリコの身体が地面へと倒れ伏す。頭の下に見る間に赤黒い水たまりが形成されていった。センジュが顔色を変えずにコルンを見た。
「本気?」
「ああ」
「そう、残念」
センジュの右手があがる。いつの間に取り出したのか、リボルバーが握られている。洞穴のような銃口がコルンへと向けられる。
「おいおい、俺とやり合おうってのか。お前こそ本気かよ」
はん、と鼻で笑い飛ばしたコルンの顔が次第に固まっていく。
センジュの後ろ、隠れていた子供たちがぞろぞろと出てきた。その手には小さい銃が構えられている。コルンへといくつもの銃口が向けられていた。誰かひとりを殺すことができても、これじゃあ自分も殺される。そう悟ったコルンは銃をおろし、その顔に笑顔を浮かべた。
「わ、悪かったよ。俺が悪かった。だから、こんなことやめようぜ、な」
センジュも子供たちも表情を変えない。コルンの顔から血の気がひいていく。
「本気かよ?」
「ええ」
その返答を合図のように銃口発火がいくつも重なった。フラッシュを焚かれたように光の中に浮かび上がったコルンの身体に穴があき、そのまま後ろへと倒れた。外の世界でしぶとく生き残った男は、安全だったはずのシェルター内であっさりとその命を失った。
銃声の乾いた反響がなくなった頃、センジュが動いた。ついさきほどまでコルンがつけていたガスマスクを手に取る。
「ちょっとこれ外に捨ててくるから中で待ってて」
「えー、食べないの?」
子供からあがった声にセンジュが笑う。
「ダメよ、こんな腐ったもの食べたらお腹壊しちゃうから」
「じゃあ、エンリコは?」
「エンリコは大丈夫。いい子だったもんね」
子供たちが久しぶりの肉に歓声をあげる。
センジュはその光景に微笑みを浮かべた。
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