第3話 同じだけど違う

 片瀬江ノ島駅で電車を降りると、冷たい風が吹きつけてきた。車内でつないだ手は今もそのままで、麻衣のぬくもりがほのかに伝わってくる。

 中華街のお店を思わせるような駅舎を後にして、江ノ島水族館へと歩き始めた。


 江ノ島水族館でチケットを購入して館内に足を踏み入れた。

 周りの人の目を気にしたのか、麻衣は咲太の手を離した。

「えー」

 咲太は抗議こうぎの声を上げる。それでも、

「いつまでも調子に乗らないの」

 と、流されてしまった。

 手をつなぎながら水族館デートをするのはあきらめて、チケット売り場を背に最初のコーナーへと向かう。

 最初は、峰ヶ原みねがはら高校からも見える相模さがみ湾のコーナーだ。大きな水槽すいそうの目の前に立つと、咲太の視界が水と魚でいっぱいになった。魚たちは来場者の目を気にすることもなく、優雅に泳いでいる。

 隣を見ると、麻衣の瞳が魚たちに釘付くぎづけになっていた。

 麻衣の姿を見て、ふと今までの思い出が頭をよぎった。

 一年前の五月三日、麻衣は思春期症候群ししゅんきしょうこうぐんによって、周りの人達から見えなくなり始めた。それに気が付いたのが、この江ノ島水族館だった。今日と同じように、魚を見つめていた麻衣は、その異変に突然気づいたのだろう。

 その四日後、バニーガール姿の麻衣と出会い、一時いっときは麻衣のことを忘れてしまったものの、麻衣のことを取り戻すことができた。全校生徒の前で告白をしたから、イタイやつというレッテルも貼られたが、麻衣のことを考えれば何ともなかった。

「なに、ぼんやりしてるのよ」

 下から顔をのぞき込んできた麻衣と視線が合い、咲太は我に返った。

「色々あったなあって思ってた」

「なにそれ」

 麻衣の瞳は、不思議な色を浮かべていた。

「この八カ月くらいのことですよ。麻衣さんと出会って、麻衣さんと付き合って、麻衣さんとデートして」

「そうね」

 綺麗な笑みを浮かべながら、瞳だけはこれ以上恥ずかしいことを言うなと語っていた。それでも、麻衣が今この瞬間を大切に思っていることを咲太は理解していた。同じ時間を同じ気持ちで過ごしていることが、たまらなくうれしかった。

 ほんのり赤くなった顔をごまかすように麻衣が歩き始めた。

「ほら、行くわよ」

 少しだけ駆け足で麻衣の隣に並んだ咲太は何でもない疑問を投げかけてみた。

「前に来たときは、どの魚が綺麗きれいでした?」

 何かを意識したわけではなかった。

 でも、言葉を止めることが出来なかった。

 嫌な予感がした。

 一本道の運命のレールの上にいて、行きつく先はおなじみの場所のような。

 

 麻衣が咲太の方を向くことなく、少し不機嫌ふきげんそうに答える。

「江ノ島水族館に来たのは初めてよ。昨日話したの忘れたの?」


 魚に見惚みほれた子供の無邪気むじゃきな声が聞こえる。

 それだけが、聞こえる――。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る