わたしの棲んだ家
北大路 夜明
わたしの棲んだ家
幼い頃から親の仕事の都合上、各地を転々としていた私たち家族が引っ越し先で体験した実際の話です。
二階建ての一戸建て。
平屋作りの借家にしか住んだことがなかった私たちは今回住むことになった家が夢の二階建てということで胸を弾ませていました。
私の部屋は北西の部屋。昼間の太陽が差す時間帯からまるでセピア写真のようなノスタルジックな雰囲気と、春なのに秋の風のセンチメンタル感を匂わせるこの部屋がとても気に入りました。
唯一、出窓のあるその部屋は前の住人のものと思われるレースのカーテンが付けてありました。前の住人のものがあると何となくいい気分もしませんので、外しましたところ、ふさかけ金具(カーテンを束ねる帯を引っかける金具)に何かぶら下がっています。
思わず手に取りますと、おもちゃの十字架のネックレスでした。
この部屋は子供の部屋だったに違いありません。その子供の忘れ物だなあと深く考えもせず、私は十字架のネックレスもカーテンと一緒に処分してしまいました。
さて、夜のことです。
部屋の片付けが終わらず、その晩は母と一緒に寝ることになりました。
引っ越しの疲れもあり、ぐっすり眠り、朝を迎えました。
翌朝、リビングに下りていくと、母は首をかしげています。
「どうしたの?」と訊ねると、母は「あなたの部屋に卵形の置物があるの?」と逆に訊き返されました。
私が「ないけど」と応えると、ますます首を捻ります。
「夜中トイレに起きたときに、窓際に黄緑色に光る卵形の置物が二つ並んでいて、トイレから戻ったときにもあったのだけれど、朝起きると無くなっていた」と言うのです。
もちろん、私の部屋には暗闇で発光する卵形の置物はありませんから、寝ぼけていた母の目の錯覚ということに落ち着き、また夜を迎えました。
この日は部屋の片付けもだいぶ捗り、母も自分の部屋ができましたので、私はひとりで眠ることになりました。
壁にはポスターも貼り、いよいよ自分の部屋らしくなってきました。
明日はあの荷物を解いて、あそこにあれを置いて……お部屋作りにワクワクしながら電気を消して布団に入りました。
なかなか寝付けず、何気なく、ポスターの方を向きますと目を疑いました。
ポスターの一部分だけが仄明るく光っていたのです。
今朝の母の言葉が甦りました。
黄緑色に光る卵形の置物――。
まさか。あり得ない。あり得ない。あり得ない。
そう自分に言い聞かせ、寝返りをうち、仰向けになって目を閉じました。
ですが、何か表現しがたい違和感を感じ、数分も経たないうちに目を開けました。
すると、暗闇よりも一層暗く真っ黒い人影が、寝ている私の顔を覗き込んでいたのです。
私は飛び起き、電気をつけましたが、誰もいません。
この晩は一晩電気をつけたまま眠りました。
翌日から、私はこの北西の部屋ではなく南西の部屋を自室として使うことにしました。
これまで気がつきませんでしたが、自分の荷物を引き下げ、何もなくなった北西の部屋にひとりいると見えない圧を感じるのです。
背後に大きな岩が迫り来るような重い圧――。
昼間の太陽が差す時間帯から、まるでセピア写真のようなノスタルジックな雰囲気と、春なのに秋の風のセンチメンタル感を匂わせるこの部屋は、日中なのに太陽の光から程遠く、薄暗さと薄ら寒さを感じる気味の悪い部屋だったのです。
それから、この家で過ごした二年間。
リビングで家族写真を撮ると無数のオーブが写り込んだり、誰もいない方向からおならの音が聞こえたり、火の玉が出ることはありましたがでしたが、それ以外は特段何も起こらず、平和に暮らせました。
そして、迎えた引っ越し当日。
大家さんがやって来ました。
大家さんは元々この家に住んでいた方で、家族がそれぞれ独立したために、借家にしたそうです。
私たちが体験した話を伝えると、実は私たちの前の住人は霊媒師だったとのこと。
もしかすると北西のあの部屋は除霊を行う部屋で、その部屋に居着いてしまった霊を鎮めるために、霊媒師は十字架のネックレスをわざと残していったのかもしれません。
私は捨ててはいけないものを捨ててしまったのでしょうか?
背筋をひんやりとしたものが伝いました。
「あ、そうそう」
母が大家さんの肩を叩きました。
「この家には幽霊だけじゃなく、白蟻も棲んでますよ」
そして、私たちは引っ越しました。
玄関先で手を振る大家さんの悲しげな笑みが忘れられません。
大家さんの背中にもひんやりとしたものが伝っていたに違いありません。
さて、次はどんな家が私たちを待っているのでしょうか?
わたしの棲んだ家 北大路 夜明 @yoakeno-sky
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