第4話 面影の章・壱――ゲレンデ・ラブと役職の説明

 わたしの本命の人のHNは『面影』といいました。


 日本の有名な大太刀に『面影』というものがあり、刀身に顔がはっきりと写ることからその名がついたそうですが、要するに彼はその名前にあやかったのでしょう。


 このゲームはどちらかといえば、中華風のテイストで構成されていましたが、日本由来の名前を付ける人たちも珍しくなく、彼もその中の一人だったのです。



 面影氏は、元々はもっと見栄えのしない別の名前だった人で、『五筒開花』内での彼の職業は槍術の使い手でした。


 それが、かつては秀吉が所持していたこともある――という名刀の名前へと、いつの間にか様変わりしていたのです。


 名前だけでいうと何とも恰好よさそうではありますが、リアルでの面影氏は既婚者で、子供もいる身でありながら、ニートを嗜むという――のび太を超えた不届き者であったのです。



 更には、奥さんのご両親が所有する家賃のいらないマンションに住み、挙げ句の果てには「ナントカ―R」とかいうスポーツカーまで購入させるなど、嫁の親族にまでヒモの手を伸ばすといった――名実共に最低な男でした。


 そんな面影氏は『五筒開花』の世界に来るまでは、海ではサーファー、陸では走り屋をやってきたという――いかにも「チャラチャラしてきたぞ」といわんばかりの経歴を持っていました。



 性交渉の相手を求めて陸や海を駆けずり回る面影氏の姿は、きっと人々からは「セフレ捜索隊」のように見えたのかも知れません。


 更にそれでは飽き足らなかったのか、やがて面影氏の性欲は冬山へと狙いを定めたのです。



 スキー場でも面影氏は無敵でした。彼はそこで本人曰く『ゲレンデ・ラブ』という秘技の達人となり、数々の婦女子をスキー場からホテルに護送するという作業を繰り返していたのだそうです。


 このように、面影氏は陸や海ばかりか冬山までをも地域制覇した猛者となり、その犠牲者の中には、彼の将来の奥さんまでもが含まれていたとのことでした。


 しかし、そんなリアルの奥さんのことを『オート・ランチ』(自動飯作り機)などと呼ぶ面影氏は、世のフェミニストから吊し上げに遭うような極めて悪質な人間であるといえるでしょう。



 しかしそんな彼に神が天罰を与えたのか、奔放な生活を続けていた彼は、やがて胃腸に難病を抱えてしまったのです。


 確かに年がら年中腹痛に見舞われるようでは、デートやホテルでの愛の語らいもままなりません。


 それにベッドインの度に下痢になられては、お相手がそういった愛好の方でもない限り、その需要が衰えるのも無理からぬことではあります。



 このような経緯から、『裏天国』内でも下痢ROM(退席)が目立ちました。

 その頻度といったら――


「実はヨメが毒を盛っているのではないか――?」と『裏天国』内で噂が立つほどであったのです。


 ですが一見、マシな要素の見当たらないY氏も、この『五筒開花』の世界では。派閥の『幹部』という役職についている偉大な人物でもあったのでした。




――ここで少し、『五筒開花』内の派閥における役職について、説明を挟みたいと思います。



 派閥は、まず第一に『当主』、第二に『副当主』、第三に『幹部』、第四に『構成員』という役職で構成されております。


 まず当主は派閥の維持、そして全構成員の人事権を持ち、更には後述する他派閥との同盟、及び宣戦布告を実行することが可能な権限を持っております。



 そもそも派閥とは、当主を務める人の名前で登録されているものであり、当主が長期に渡ってログインしていなかったりすると、アカウントを停止されてしまうことがあるのです。


 その場合、この派閥は自然に消滅してしまい、残るメンバーたちは突然都落ちのような状態に陥るのは言うまでもありません。


 即ち、これが「派閥の維持」に当たるわけです。



 なお、アカウント停止までの期間は百八十日であったように記憶しております。

 このように殿様が消えたことによって、その残党が四散する羽目になるというなんとも惨めな派閥を見かけたこともあります。


 また副当主は、当主以外に対する全幹部及び構成員の人事権を持つ他は当主とほぼ同じ権限を持つのですが、派閥の維持が出来ないという致命的な欠陥を持っていたところに、副当主たる二流さが垣間見えるところです。



 また当主と副当主は、婚姻における仲人になる権限を持ち、神父役から披露宴の司会まで行うことが可能です。


 なお、仲人は二名まで行うことが出来ます。


 但し婚姻に仲人を立てることは、必ずしも必要ではありませんし、派閥に在籍している必要もありません。


 とはいうものの、わたしが『五筒開花』に参加する以前は、派閥に在籍していることと仲人を立てることが、結婚の必須条件であったようです。



 ですが、ある時に派閥に所属していない人々――俗にいう「ソロプレイヤー」たちが――


「結婚をするためだけに、わざわざどこかしらの派閥に入らなくてはならないという道理もないだろう」


 と申し立てを行ったことで、ゲーム内の運用が変わったのだそうです。

 第一、当主や副当主がいないと結婚式の日取りまで決められません。


 運営側としては、なるべくプレイヤーを派閥に参加させることで、ゲームを活性化させたかったのでしょうが、このあたり『五筒開花』の世界が、一つの社会であることを窺わせるエピソードであるといえるでしょう。


 それにソロプレイヤーさんたちの結婚式は、慎ましい形で行われることが多いので、どこぞの大型派閥などによる下世話な余興などもなく、牧歌的で見ていて清々しいものでした。



 続いて面影氏の就任した幹部についてですが、この役職は当主以外の人事権と披露宴の司会のみを行えるという権限を持ちます。


 なお構成員には何の権限もありません。要するに単なる平社員と心得てよいでしょう。


 しかしこの人事権というものは、かなりの権限でして、なぜか幹部なのに副当主を辞任に追い込むことまで可能なのです。



 これはリアルでの事情を考慮したための措置であり、これを利用して副当主と幹部を交代で務めている派閥も少なからずありましたし、わたしの所属する『裏天国』でも事情は同じでした。


 例えば、副当主が引退を希望しているときも、誰かに副当主を辞めさせてもらう必要が出る場合があるので、当主が行方不明になっている派閥にとっては、引き継ぎの副当主を決定する上でも重要であったのです。


 下手をすると幹部しかいない派閥なんてものも出来てしまうからです。

 幹部まで行方不明になっているような派閥もあったのかもしれませんが、これはもう形があってもないようなものでしょう。



 この人事権の適用範囲の広さは、当主不在の派閥に対する一種の救済措置だったのでしょうが、それだったら当主のアカウントが停止された時点で、公式から副当主や幹部なりに当主着任の要請があってもよいくらいなのですが……。



 ここまでが、役職についての一通りの説明となります。



 このように面影氏が、彼の胸先三寸で『裏天国』内のメンバーの進退を決めることの出来る人物であったということが伝わったかと思います。


 しかし通常ならば、こんな不埒の手本のような男を幹部の地位に立たせてはならない筈なのです。まして披露宴の司会などはもってのほかです。



 しかしわたしを含めた『裏天国』の面々は、そんな面影氏のことを嫌うどころか、このような彼の外道を愛すべきポイントとして認識していたのです。


 古風な言い方をすれば、彼の悪徳を単なるチャームポイントくらいにしか捉えていなかったのでした。



 『裏天国』には男性も女性も多く在籍していましたし、年齢も幅広かったように思います。


 だから悪口なんて、それこそ当たり前のようにあったのですが、彼を悪くいう人は、例外を除いてほとんどいなかったのです。


 そもそもこんな隠蔽すべき経歴を公開出来る時点で、面影氏がどれだけ信用され、何を言っても許されていたかが窺えるでしょう。


 面影氏がこのような態度を取れていたのには、様々な事情や各方面からの言い分があるのだと思います。



 ですが、わたし個人の意見としましては、要するに彼には「ヒモ」というものに一定の才能があったからではないかと思います。


 従って、次回は面影氏のヒモとしての才能と、その凄みについてお話することに致します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ネトゲに登録したら、いつの間にかネカマになっていた 猫浪漫 @nekoroman5

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ